精神病理学とは、「精神の異常を心的資質の異常な変異として[捉える]」(Schneider, 1962)学問である。そしてそれは「面前する生きた病者の臨床的観察と記述に基礎をおく」(松本, 2011)という。しかも精神病理学は「生物学的精神医学・社会精神医学・司法精神医学等の諸領域の統合の結節点というべき位置にある」(日本精神病理学会ホームページ)とされ、極めて本質的かつ包括的な学問ということになる。とすれば不安の精神病理学について語る責任は重大である。
Schneider, K (1962) Klinische
Psychopathologie. Sechste, verbesserte auflage Georg Thieme Verlag.
Stuttgart. クルト・シュナイダー (著), 臨床精神病理学 増補第6版, 平井静也, 鹿子木敏範訳, 1977年
松本雅彦 現代精神医学事典 加藤敏・神庭重信ほか編 弘文堂、2011年
精神医学においては過度の不安症状は主要なテーマの一つとなっていることは言うまでもない。ただし現代の精神医学においては不安の占める位置は若干低下しているらしい。これまではいわゆる神経症群は事実上不安症群として扱われ、そこに様々な障害が入っていたが、現代の精神医学的診断のゴールドスタンダードであるDSM-5(American
Psychiatric Association)やICD-11(World
Health Organization)では「不安障害」として分類される障害は減少している。DSM-5(2013)では強迫神経症、PTSD、急性ストレス障害が不安性障害から「旅立って」いった(塩入、p.2中山書店 2014)。
不安の精神病理学は、もっぱらその身体症状の記載から始まったといえる。不安という概念以前には米国の神経学者George Beard (1869) により提唱された神経衰弱 neurasthenia の概念が広く浸透していた。これは神経過敏、頭痛、めまい、神経痛、不眠、疲労感、心気的訴えなどの複合的な症状を「神経の力 nervous force の枯渇」と見なしたもので、不安に関連する疾患はほとんどこのカテゴリーに属していた(加藤敏,2011)。ただしこのBeard の論文には「不安」という言葉は見られず、あくまでも身体症状の列挙であった。そしてフロイトはこの神経衰弱という概念にヒントを得て不安に基づく疾患概念を作り、それを不安神経症と名付けたのである(大川、清水,2020)。この様に考えると、不安を初めて精神医学の俎上に載せたのはフロイトその人だったといえるだろう。(以下略)