2022年9月4日日曜日

交代人格を無視? 2

 治療者の人見知り? 遠慮?

 私は依然は交代人格を無視する態度を治療者の側の経験不足や不見識と考える傾向が少なからずあったが、少し最近は考えが変わってきている。そこには治療者の側のある種の人見知りのような傾向が絡んでいるのではないかとさえ思うのだ。
 私たちは初対面の人と会う時、少なからず緊張し、身構えるものだ。それは例えば医療現場で初診で患者と会う時でさえ起きる。こちらは初診を一日にいくつも受けることがあり、それこそ何人もと「初めて会う」ことになる。しかもこちらが専門家として話を聞くという、ある意味では優位性を保ったままでの初対面である。優位性、と言うと語弊があるかもしれないが、面接時間、料金の提示、今後の処遇などについて、ほとんどがこちらに裁量権がある。こちらの条件を一方的に示して受け入れてもらうことになる。主導権を最初から握っているのだ。それでも初めての人には若干の緊張や一種の人見知りの感覚が伴うのだ。ましてや患者としてくる際の心細さや不安はいかばかりもののだろうか。それだけ他者と初めて会う間には、二人の間でどのようなことが生じるのかについて未知な要素が大きく、それが不安を掻き立てるのだ。
 DIDの患者さんが別人格の存在を話し、直接その別人格として話しかけてくるとしたら、治療者は戸惑い、対人不安を掻き立てられるであろう。しかしそれでも主導権を握り、落ち着き払って権威を示そうとしたらどうなるのか。DIDの患者さんと話す経験を持たず、あるいはDIDの臨床についての知識も乏しい場合には、その治療者の対応は、起きているであろうことを看過する、ということに半ば必然的になりはしないだろうか。