2022年9月14日水曜日

不安 推敲の推敲 1

 「不安の精神病理学」再考             

精神病理学とは、「精神の異常を心的資質の異常な変異として[捉える]」(Schneider, 1962)学問である。そしてそれは「面前する生きた病者の臨床的観察と記述に基礎をおく」(松本, 2011)という。しかも精神病理学は「生物学的精神医学・社会精神医学・司法精神医学等の諸領域の統合の結節点というべき位置にある」(日本精神病理学会ホームページ)とされ、極めて本質的かつ包括的な学問である。とすれば不安の精神病理学について語る責任は重大である。それを論じる資格があるのは、精神科の臨床医であろうか?精神病理学者であろうか?しかもそれを「再考」するだけの見識や資格を誰が備えているといえるのだろうか?

筆者が思うに、不安について最初に心と脳科学を結び付けながら包括的にその「精神病理学」を論じたのはシグムンド・フロイトだった。そしてそれはある位置まで到達したまま、そこに留まっているように思われるのだ。読者の中にはこれほど脳科学的な見地が積み重ねられた現代において不安の精神病理学が新しい進歩を遂げていないことが信じがたいかもしれない。しかし不安という精神現象の様々な脳科学的な所見を応用し、かつ不安という現象をその全体像として、しかも心の立場から理解するという努力は、現代においても決して十分になされているとは言えないのである。

 

精神医学の歴史における「不安」

不安の概念は精神医学のみならず精神分析や哲学においても主要なテーマであった。その後は過度の、ないしは病的な程度の不安症状は、精神医学における主要なテーマの一つとなった。しかし現代の精神医学においては不安の占める位置は若干低下しているらしい。これまではいわゆる神経症群不安症群にあらゆるものが入っていたが、現代の精神医学の診断基準のゴールドスタンダードであるDSM-5American Psychiatric Association)やICD-11World Health Organization)では、「不安障害」として分類される障害は減少している。DSM-52013)に至っては強迫神経症、PTSD、急性ストレス障害が不安性障害から「旅立って」いった(塩入、p.2中山書店 2014)。
 不安という概念以前には米国の神経学者George Beard (1869) により提唱された神経衰弱 neurasthenia の概念が広く浸透していた。これは神経過敏、頭痛、めまい、神経痛、不眠、疲労感、心気的訴えなどの複合的な症状を「神経の力nervous force の枯渇」と見なしたもので、不安に関連する疾患はほとんどこのカテゴリーに属していた(加藤敏,2011)。ただしこのBeard の論文には「不安」という言葉が出てこない。あくまでも身体症状の列挙である。そしてフロイトもこの神経衰弱という概念にヒントを得て不安に基づく疾患概念を作り、それを不安神経症と名付けたのである(大川、清水,2020)。この様に考えると、不安を初めて精神医学の俎上に載せたのはフロイトその人だったといえるだろう。

不安の精神病理について論じるにあたり、フロイトの思考を追うことは必須である。フロイトがある程度の道筋をつけてくれているからである。フロイトは1895年の「ヒステリー研究」(Breuer, Freud, 1895)で神経衰弱と不安神経症はしばしば混在する(F191)と述べ、神経衰弱から不安神経症を切り離すべきだと述べている(F190)。そして性的な起源をもつ生理的緊張の蓄積an accumulation of physical tension (of sexual origin) 取っているのだ。そして神経衰弱については「十分な活動が不十分な活動、つまり最も好ましい形での性交ではなく、マスターベーションや夢精に置き換わった場合に生じる。」(F271)つまりBeard により概念化された神経衰弱はフロイトの手により、これもまた性的な起源をもつものとされてしまったのだ。

ところでこの時期のフロイトの不安理論は、リビドーの鬱積して生じる不安という意味で「鬱積不安説」と呼ばれるものだ。これはBeard の神経衰弱の概念を反転させ、つまりエネルギーの枯渇ではなく、鬱積を彼は問題にしていたのである。そこでそこにはH.W. Neumann (18141884) の影響が明らかであった。19世紀半ばのいわゆるローマン派医学に数えられるNeumann こそが、「充足を得られない欲動が不安になると言ったのだ(Ellenberger, 214)。つまり彼はFreud に先んじて、鬱積不安説を示していたことになる。

こうして精神分析の前夜の1898年にフロイトはすでに次の分類を行っている(Freud, 1898)。
現実神経症:不安神経症、神経衰弱、心気神経症
精神神経症:ヒステリー、強迫神経症、恐怖症、自己愛神経症

このうち現実神経症とは日々の「不適切な性生活」において生じ、精神神経症は幼児期由来の性的欲動から生まれる葛藤に由来するものとして説明された。

 そしてこう述べている。

 この段階でのフロイトの不安理論は性愛論への過度の偏重があり、私達には実感として追うことが難しいであろう。ただ心の動きを一種の物理学的・流体力学的な発想で説明することは、当時のフロイトが影響下にあったヘルムホルツ学派の基本理念であった。