2022年8月7日日曜日

パーソナリティ障害 推敲 7

 PDの治療に関する議論は、多岐にわたるため、そのうちいくつかのトピックを取り上げることになる。PDの治療論は歴史的には1960年代にはじまるBPDNPDの精神力動的な治療論により促進され、その後BPDの治療に関してはさまざまな取り組みがなされている。

PDに対する治療には主として二つの考え方がある。ひとつはPDそのものに対する精神療法を主とした社会心理学的なアプローチであり、もう一つは併存症に対する薬物療法的なアプローチである。前者については、様々な治療手段が試みられているが、以下に紹介するBPDに対するいくつかの手法以外には、その治療効果がエビデンスとして示されているものは多いとは言えない。

BPDの社会心理的治療(心理療法)

BPDの精神療法的アプローチは、それが洞察の獲得を目指した従来の精神分析的アプローチでは十分な効果を発揮ないという臨床的な経験から出発した。そして様々な支持的アプローチを取り交ぜた精神分析的精神療法が考案され、またそれを追うように精神分析以外の認知行動療法をはじめとする様々なアプローチが試みられた。ただしBPDで試みられた治療を横断的にみてわかることは、すべての治療はすべて特定のケースには有効であるということだ。そしてそこでの治療同盟や明確な概念的枠組みが功を奏すると見られる。そしてそれは概ね前頭前野の抑制機能の向上や偏桃体のより効果的な制御を結果としてもたらしている可能性がある(Gabbard,
 現在BPDの治療として無作為化対照比較試験 (randomized controlled trial: RCT)による有効性が確かめられているのは、7つあるという(Gabbard)それらは以下のとおりである。
メンタライゼーションに基づく治療 mentalization-based therapy (MBT, Bateman and Fonagy, 2009)
転移焦点づけ療法 transference-focused therapy (TFP, Clarkin et al. 2007)
弁証法的行動療法 dialectical behavior therapy (DBT, Linehan 2006)
スキーマ焦点づけ療法 schema-focused therapy (Giesen-Bloo et al. 2006)
情緒予見性と問題解決のためのシステムトレーニング Systems Training for Emotional Predictability and Problem Solving (STEPPS, Blum et al. 2008)
一般精神科マネジメント general psychiatric management (GPM, McMain et al. 2012),
力動的脱構築精神療法 dynamic deconstructive psychotherapy (DDP, Gregory et al. 2010)

である。このうちのいくつかについて、以下に述べる。MBT(メンタライゼーションに基づく治療)の治療の要は患者のメンタライゼーション機能の強化である。治療者は患者の子供時代の安全な愛着の欠如への認識を持ち、明確で首尾一貫した役割イメージを保持し、メンタライズする姿勢を保つことである。それにより可能な限り自己及び他者に関する多様な視点の可能性を示すのである。治療者は患者の現在あるいは直前の感情状態を、それに付随する内的表象とともに示すことを試みる。(Bateman and Fonagy, 2004
TFP転移焦点付け療法)O.KernbergBPD治療概念に基づき、心的表象は内在化された養育者との愛着関係に由来し、治療者との間で再体験されるものとする。主たる治療技法は、患者と治療者との間で展開する転移関係の明確化、直面化、解釈である。週2回で行われる個人療法は、治療契約と明確な治療の優先順位に基づいて固く構造化された枠組みを持つ。

DBT弁証法的行動療法)は米国の心理学者M. Linehan により開発された認知行動療法の一種であり、米国精神医学会によりBPDの治療として推奨されている。患者はそれにより能力や生きることへのモティベーションを高める。治療は個人療法とグループスキルトレーニング、電話での相談受付、コンサルテーションミーティングから成る複合的な構造で、このうちグループスキルトレーニングでは、マインドフルネス・スキル、対人関係保持スキル、感情抑制スキル、苦悩耐性スキルを高めることを目指す。

薬物療法 BPDに対する効果的な治療薬として認可されたものはない(Gabbard,369)。ただしBPD50%が大うつ病を併発しており、その意味ではその治療は優先されるべきであろう。ただしBPDに関する脳科学的な所見も挙げられている。前頭前野の抑制制御の減弱や偏桃体の過活動などはその例である(Gabbard, 365)。そのため今後それに特化した治療法が開発される可能性はあろう。