本日、精神科の先輩である関直彦先生の訃報に接した。埼玉大学大学院で教鞭を執っていらした傍ら、都内での開業臨床もされていた。ご冥福をお祈りする。
私にとっては忘れられない先輩だった。豪放磊落。しかも博識で勉強家。何を聞いても即座に答えが返ってくる。生協の購買部に行くと、いつも紙袋一杯の書籍を購入していた。あまりに本が増えて、マンションの床が抜けたといううわさも聞いた。
私にとっては忘れられない先輩だった。豪放磊落。しかも博識で勉強家。何を聞いても即座に答えが返ってくる。生協の購買部に行くと、いつも紙袋一杯の書籍を購入していた。あまりに本が増えて、マンションの床が抜けたといううわさも聞いた。
関先生というといつもニコニコした姿しか思い出されない。サンドイッチマンの伊達さんに似た風貌。私が精神科医となった時にすぐ上の先輩としていた関先生―柴山雅俊先生のコンビの後を追って彼らのいく勉強会や飲み会について行き、冗談を言い、学問の話をし、弟分として可愛がられ/からかわれ、共通の師匠である森山公夫先生の勉強会にも出席した。一緒にじゃれ合っていた、遊んでもらったという記憶の方が圧倒的に多い。
体格がよく健啖家で、森山先生の勉強会の帰りに、彼と一緒に東京駅の中華屋さんで「豚の角煮」をいつも一緒に頼んで食べていたことを思い出す。とんでもないカロリーの不健康食という意識があり、関先生と一緒の時だけ食べることにしていたが、関先生は他の誰かとも「豚の角煮」を食べていらしたのだろうか。
体格がよく健啖家で、森山先生の勉強会の帰りに、彼と一緒に東京駅の中華屋さんで「豚の角煮」をいつも一緒に頼んで食べていたことを思い出す。とんでもないカロリーの不健康食という意識があり、関先生と一緒の時だけ食べることにしていたが、関先生は他の誰かとも「豚の角煮」を食べていらしたのだろうか。
関先生はその後恐らく食生活にはそれほど気をお使いにならなかったのか、その後病を得たことをお聞きしてはいた。もう最後に会ったのは2004年に私が米国から帰った年だったと思う。このところご活躍の様子に触れることはなかった。今になってネットで彼の近影を探してもどうしても見つからない。「どうなさっているのかな…」と気に掛けつつ今回の訃報である。私の心の中での関先輩は永遠である。
疫学とは、「明確に規定された人間集団の中で出現する健康関連のいろいろな事象の頻度と分布およびそれらに影響を与える要因を明らかにして、健康関連の諸問題に対する有効な対策樹立に役立てるための科学」と定義される(日本疫学会ホームページより)。すなわち疫学について論じる際にはデータに基づいた実証的な議論が必要となる。他方PDという疾患概念はすでに見たようにこれまでにその内容が様々な変遷を経ており、今なお流動的である。これはPDに関する疫学を論じることの難しさを意味する。そしてDSM-ⅣまでのPDのカテゴリカルモデルに対する批判には、疫学的な問題も多く絡んでいたことはすでに示したとおりである。
PD一般の疫学的なデータはその定義そのものに左右されるという問題がある。DSM-5(2013)によれば、PDは通常は青年期又は成人期早期に認識されるようになり(18歳未満ならその特徴が一年以上持続するもの、ただし反社会性PDは常に18歳以上に適用)、長期にわたって比較的安定した思考、感情、及び行動の持続的様式とされる(DSM5, p637)。ただ長期における安定性の度合いに関しては、時間経過とともに診断の変更が頻繁に起こるともいわれる(Shea, MT,2002)。
またDSM-5の記載によれば、BPDと反社会性は年齢と共に目立たなくなるが、強迫性、統合失調症型はそうはならないとされる。さらに男女差に関しては、反社会性は男性に多く、それ以外(境界性、演技性、依存性など)は女性に多いとも記されている。
DSMにあげられた有病率については、DSM-5では全米併存症再調査研究National Epidemiologic Survey on Alcohol and Related Conditionsによるデータ(( )内に示す)も併記されているために、その数字にも幅が見られる。猜疑性PDは2.3%(4.4 %)、シゾイドPDは4.9% (3.1%), 統合失調型PDは4.9%(3.9%)、反社会性は0.2~3.3%、演技性PDは(1.84%),自己愛性は0~6.2%、回避性は(2.4%)、強迫性PDは2.1~7.9%などの数字が挙げられている。
またPDの遺伝率に関しては、より最近の研究(Torgersen, et al, 2008)では、反社会PDが38% 、演技性PDが31%、境界性PDが35%、自己愛性PDが24%とされる。
BPDの疫学的データにはある程度の蓄積が見られる。DSM—5によれば、有病率の中央値は1.6%ということだが5.9%に達することもあるという。有病率は一次医療場面では6%、精神科外来では10%、入院患者の20%を占めるとも考えられる。しかし機能障害と自殺の危険性は、年齢と共に安定する傾向があり、30代や40代になれば対人関係も職病面での機能もずっと安定するとされている。追跡調査では10年後には半数が診断基準を満たさなくなるとも言われる。遺伝負因は高く、第一度親族には5倍みられ、そして物質使用障害、ASPD、気分障害の家族性の危険もある(以上DSM-5より)。
なお本章の冒頭で示したBPDが減ったのかという問題についても、それまでPDと捉えていたものに発達障害やトラウマの関与が考えられることが関係し、結局は減っているか否かについての結論は出せないのが現状であるという(田中伸一郎,2020)。
なおPDに関する疫学的なデータはまだ十分とは言えないが、それはPDの疾病概念や定義、分類などに関する識者の意見が一致していないこととも深く関係している。ただし今後PDの疾患概念やその分類がディメンショナルモデルに従うことになれば、その事情も異なるものとなっていくであろう。一般的にはPDの基礎には遺伝的要因が深く考えられる。PDの特性領域の遺伝性は約50%とされ、また特性側面はそれより低いと言われる(Jang, et.al. 1996)。
PDの疫学について論じる際に触れなくてはならないのが、米国立精神衛生研究所(NIMH)により2009年に開始されたRDoC(Research Domain Criteria研究領域基準)というプロジェクトである。これは観察可能な行動のディメンション及び神経生物学的な尺度に基づく精神病理の新しい分類法である。このモデルが提起された背景には、DSMやICDに基づく研究が、臨床神経科学や遺伝学における新たな進歩による治験を取り込むことに失敗しているという声が大きくなったことがあった (Insel, 2010)。
RDoCプロジェクトは、様々な症状をディメンショナルかつ詳細に評価し、それを遺伝子、分子、細胞、神経回路などの階層と照合するものであり、本プロジェクトにより検査に活用できるバイオマーカー開発、精神障害の病院・病態解明、さらには精神科領域での個別改良の実現が期待されている(尾崎紀夫、2018)。
このRDoCの概念の骨子にあるのが、「精神疾患は脳の神経回路の異常による」という考えだ。もちろんその神経回路は複雑な遺伝・環境要因と発達段階により理解されるものだ(橋本, 2018)。
米国の精神医学研究の中心となるNIMHが2013年のDSM-5 の発表の直前に、今後研究をDSMではなくRDoCに基づいて行うと発表したために、一気にこの動きが加速することとなった。ただしここには政治的な駆け引きも見え隠れする。「概念と病態」で示したディメンショナルモデルの台頭も、このRDoCと深く関連していることは言うまでもない。