「制止、症状、不安」で至った不安理論の高み
1926年の「制止、症状、不安Inhibition, Symptoms and Anxiety」(以下、ISA論文)でFreudはそれまでの不安に関する自身の説を大幅に変えることになる。そしてリビドーが不安に変換されるというリビドー的な理論を放棄している(Quinodoz,2004)つまりリビドーの高まりが不安を生むのではなく、不安の高まりがそれを抑圧しようとする順番であろうと説く。
「ここでは不安が抑圧を作り出すのであり、私がかつて考えたように抑圧が不安を作り出すのではない。」(岩波19、p108—109)
このISA論文でフロイトが述べていることは、現代の私達には概ね常識的なことだ。つまり将来危険な、ないしはトラウマ的な状況に陥るという予感に伴う感情が不安である、というものだ。ではその不安が通常のものと病的なものに分かれるのはどのような条件か。彼はそれをその将来の出来事が既知なのか、それとも未知であるかに沿って分けた。
「現実的不安は、すでに知っている外的な危険に対するものであり、神経症的不安は知られざる危険unknown danger に対するものである(ISA p.100)。それは本能的な危険(本能的な要求instinctual demand p103での表現)から来るものである。
ただしもちろんこれははっきりと二つに分かれるわけではない。そこで以下のような観点を付け加える。
「時には現実不安と神経症不安は混じっている。危険は知られていて現実のものであっても、それに対する不安は過剰で、それに対し適切と見なされるものを超えているとしよう。このいわば余剰の不安surplus of anxiety こそが、そこに神経症的な要素の存在を垣間見せているのである。しかしこれに対して新たな原則は必要とされない。なぜなら分析が示してくれるのは、知られて現実的な危険に、知られざる本能的な危険が付着しているということだからだ。」(ISA101)
つまり自分がそれを知っていて、心の準備が出来るようなものへの不安は、正常、ないしは現実的で、未知で心の準備が出来ないものを神経症的とするという考えだ。そしてこの発想を土台にしてそこでフロイトは最終的に次のように考えた。ある原初的な体験があった。それは自分が現実に圧倒されて、寄る辺ない体験をしたことである。それを彼はトラウマ状況であるとした。フロイトはトラウマ状況について次のように定義する。
「危険状況の意味をそれは知らせる。明らかにそれは、危険の大きさに対する自分の強さの査定と、それに対する寄る辺なさhelplessnessを主観的に認めることからなる。危険が現実なら身体的な寄る辺なさであり、それが本能的な危険なら精神的な寄る辺なさである。」(ISA p.101)
「すでに体験されているこのような寄る辺なさを外傷状況traumatic situation と呼ぶこととしよう。(p101)
つまり外傷状況の体験は、まだ受け身的にしか体験されず、つまり普通の記憶に改変されずにそれは繰り返し襲ってくる。そしてそれだけ不安も過剰に感じる。フロイトの言う「余剰分」である。その分が神経症的だとフロイトは言ったが、むしろPTSDだといってもいいだろう。これに受け身的に対処するしかない。つまりトラウマに対する反応とは、その状況のうちわかっていずに、そのために立ち向かっていけない部分があるということだ。それに比べてそれを準備することが出来るようになると、不安は現実的不安のみになり、それに対して準備をすることが出来るようになる。
「トラウマ状況を予見、予測する時、それを危険状況danger situationとしよう(p.102)」 。
つまり記憶の面から考えることが出来る。記憶には自伝的な記憶とトラウマ記憶の両方の成分が含まれる。後者は受け身的に対処するしかなく、それは神経症的である。そしてこの様に考えるとフロイトはすでに現代的なトラウマ記憶の理論を既に先取りしていたことになるのだ。不安は以下の二種に分類される。
l 概ね予測できたり、すでに体験して知ってたりする記憶(自伝的記憶)に対する不安。準備の為に積極的に先取りをすることで感じるもの。
2 トラウマ記憶に対する不安。押し寄せて来るもの、症状としての不安。