カテゴリカルモデルからディメンショナルモデルへ
PDの概念の最近の動向に関して触れておかなくてはならないのは、いわゆるカテゴリカルモデルからディメンショナルモデルへの移行である。カテゴリカルモデルとは、従来のICD,DSMに見られた、いくつかのPDの類型(カテゴリー)を挙げ、患者の示す臨床所見をこれらのいずれかに当てはめるという考えに基づく。その代表が、DSMに提示されている10のPDである。しかしこのモデルについてはかねてから問題が論じられてきた。それを一言で言い表すなら以下のようになろう。
「特定のPDの診断基準を満たす典型的な患者は、しばしばほかのパーソナリティ症候群の診断基準も満たす。同様に患者はただ一つのPDに一致する症状型を示すことが少ないという意味で、他の特定されるまたは特定不能のPDがしばしば正しい(しかしほとんど情報にならない)診断となる。」DSM-5 big book p. 755)
つまりカテゴリカルな診断ではPDのいくつかが同時に診断されてしまうという現象が起きてしまうということだ。たとえばBPDを満たす患者の一部は自己愛PDや反社会性PDを同時に満たしてしまう可能性がある。これはPDとして概念化される幾つかのPDについての疫学的なデータを集積させることに深刻な問題を及ぼすことになる。つまりカテゴリー的なPDはそれぞれの概念は直感的に理解できるものの、実際にどのように分布してどれだけ多く存在するかといった疫学的な視点は希薄であった。そのため、例えばⅡ軸に記載されるPDと1軸の精神障害の合併が効率であったことによる多軸評定の撤廃(赤119)、NOSの存在が多くなったこと(同じく赤119)診断閾値に基づく現代医学的なアプローチと矛盾していること(9つのうち5つを満たせばOK、といういわゆるポリセティックな診断方式では、あまりにもそれに該当するケースの異質性が目立つ)などの修正がDSM-5の第2部のPDの記載ではでは加えられたのである。
カテゴリカルモデルの問題が論じられるようになったことに並行して、パーソナリティ心理学の分野で大きな進展があった。従来性格を表現する言葉は数多く提唱されたが、統計的な手法(因子分析)を用いていくつかの代表的なパーソナリティ傾向が抽出されたのである。それらは個々人が持つ傾向としては重なり合うことが少なく、いわば独立変数のようにふるまうことが実証されたのだ。それらの代表は、Costa, P.T. & McCrae,
R.R.4)や、Trull T.J.ら5)(2007)による4次元モデルであった。そして各人のパーソナリティはそれぞれが独自の強度を持つこれらのパーソナリティ傾向により構成されると考えられるようになった。これがディメンショナルモデルである。
これらのパーソナリティのディメンショナルな評価は、一般人のパーソナリティ傾向に関する研究であったが、それらが誇張されて病的な形で表れたものを、精神医学におけるPDの診断に応用する動きが高まった。
ただしカテゴリカルなモデルからディメンショナルなモデルへの移行は決してスムーズとは言えなかった。臨床家の多くは、カテゴリカルモデルが臨床的な判断を用いる際にも重宝であると主張し、ディメンショナルモデルを推奨する研究者たちとのギャップが存在していたという6)。DSM-5で提示された代替案におけるハイブリッドモデルは、ある意味では二つのモデルのあいだを取ったもので、今後正式に採用される可能性があるという。
他方では2018年に原案が示され、現在世界的に使用が開始される予定のICD-11においては、ディメンショナルモデルが全面的に採用された。このDSMとICDの明確に異なる方針は、PDをめぐる現在の識者たちの意見の相違をそのまま表しているともいえる3)。ただしこのことはこれまで十分なエビデンスの支えもなく論じられてきたPDの概念が、より現代的な姿に生まれ変わるために必要なプロセスとも考えられよう。さらには最近極めて頻繁に論じられる発達障害とPDとの関係性をめぐる問題も今後絡んでくる可能性もあろう。
しかしこのモデルは診断自体に重複が多く、また個々のPDが高い異種性heterogeneityを備えていること、すなわち様々なPDの混在状態であることが指摘されてきた。それに代わって登場したのがこのディメンショナルである。
カテゴリカルモデルからディメンショナルモデルへの意向にはいわゆるRDoCプロジェクトという背景があった。PDの疫学というテーマで論じなくてはならないのが、米国立精神衛生研究所(NIMH)によるRDoC (Research Domain Criteria研究領域基準)である。これは観察可能な行動のディメンション及び神経生物学的な尺度に基づく精神病理の新しい分類法であるという。そこで掲げられているパーソナリティ特性は一種のシステムレビューに似ているということである。このモデルが提起された背景には、DSMやICDに基づく研究が、臨床神経科学や遺伝学における新たな進歩による治験を取り込むことに失敗しているという提起があったからだという(Insel, 2010).。
RDoCプロジェクトは、様々な症状をディメンショナルかつ詳細に評価し、それを遺伝子、分子、細胞、神経回路などの回想と照合するものであり、本プロジェクトにより検査に活用できるバイオマーカー開発、精神障害の病因・病態解明、さらには精神科領域での個別改良の実現が期待されている。(尾崎紀夫、2018)
尾崎紀夫 「診断」という「線」を引くこと. 精神医学 60:7-8, 2018
その骨子にあるのが、「精神疾患は脳の神経回路の異常による」という考えだ。もちろんその神経回路は複雑な遺伝・環境要因と発達段階により理解されるものだ。(橋本亮太、他 Research Domain Criteria (RDoC) プロジェクトの概念.
精神医学 60:9-16, 2018)。米国の精神医学研究の中心となるNIMHが今後研究をDSMではなくRDoCに基づいて行うと発表したために、一気にこの動きが加速することとなった。(ただしここには政治的な動きもあるらしく、それだけにこれに対する反対も根強いのではないだろうか。正直な話、一本の神経回路が一つの症状、というわけでもないし、これもまた単純化が過ぎるという気がする。やはりアメリカのやることって、大ナタを振るい過ぎだろう。DSMの流れもそうだったし。
橋本亮太、他 : Research
Domain Criteria (RDoC) プロジェクトの概念. 精神医学 60:9-16, 2018