2022年7月30日土曜日

パーソナリティ概論 推敲 3

 PDの概念はまた精神分析理論の影響を受けている。Freud は子供の発達段階におけるリビドーの固着とそれぞれに特有の防衛機制について考え、そのうちどれが主として用いられるかにより特有のパーソナリティが形成されるという考えを示した。Freud は「性格と肛門愛(1908)で肛門性格について論じ、「几帳面、倹約家、わがまま」の三点を挙げた。これらは肛門領域に快感を持っていた子供が、その欲動が交代した時に残る性格傾向であるとした。
Freud, S : Character and Anal Eroticism. SE.IX, 1908 性格と肛門性愛(道籏泰三訳)フロイト全集9 岩波書店、東京 2007 

Abraham, K (1953)は,精神性的発達の停止と関連づけられた性格論(口愛性格,肛門性格) を提示した。そして口愛性格に関してはリビドーが口愛期に固着すると、情緒的な依存性や口愛的な嗜好性(食物・喫煙・飲酒)を有する性格を得るとしたAbraham, 1924。土居はそれを「いつも相手に期待し、何事についても誰かが自分の為にお膳立てしてくれるものと決め込むタイプ」としている。(精神分析事典、項目「口唇性格」)

Abraham, KThe influence of oral erotism on character formation. In. Selected Papers of Karl Abraham. Hogarth Press and Institute of psycho-analysis, London, 1927, 前野光弘訳 「性器的」発達段階における性格形成 アーブラハム論文集 - 抑うつ・強迫・去勢の精神分析. 岩崎学術出版社, 1993

それらの議論を引き継いだ Wilhelm Reich は性格分析という概念を提出し、それが個人にとっての防衛となっているという考えを新たにした。彼は schizoid, oral, psychopathic, masochistic, hysterical, compulsive, narcissistic, or rigid などの性格構造について論じた。

Reich, W. Character Analysis (Chapters I-III), 3rd, enlarged edition, (1990) 

Guntrip, Harry Personality Structure and Human Interaction, London: Hogarth Press, (1961) quoted in Boadella, David (1985) Wilhelm Reich: The Evolution of His Work, London: 54. 

精神分析的なPD論が一つの隆盛を見せたのは言うまでもなく全盛期半ばより始まったBPDに関するものであった。それは一見神経症圏にあるものの精神分析治療の適応となりにくい一群の患者がHoch, PH (1949) Polatin P. Robert Knight 1953)により見いだされたことに始まった。そして1970年代以降Kernberg によりその精神分析な理解やそれに基づく精神分析的精神療法が論じられるようになった。とくにKernberg のまとめた「境界パーソナリティ構造」の概念は、他の様々なPDを含んだより広い上位概念であるといえる(Kernberg, 1967福井P21)。そして同時にGunderson(1975) ,Grinker (1968) らは精神医学的な症候学や疫学の見地からBPDをとらえようという立場を生んだ。これ以降BPDPDのいわば代名詞としての位置づけを得ることとなった。これらの議論を取り込んだ形でなお精神分析的な色彩の強いDSM-Ⅲが1980年に成立したという経緯がある。

Gunderson, JG, Singer, MTDefining borderline patients: An overview. American Journal of Psychiatry, 132;1-10. 1975
Grinker RP, Werble, B, Drye, RCThe borderline Syndromes: A Behavioral Study of Ego-function. New York, Basic Books. (1968

その流れて言及されるべきなのは、米国において1970年代より盛んに論じられるようになった性的身体的トラウマと精神疾患の関連であった。その中でもJudith Herman による複雑性PTSDの議論はICD-11でのCPTSDの採用に繋がったが、そこで論じられたのは、幼少時ないしは繰り返し体験されたトラウマが人格形成に及ぼす深刻な影響であった。

Herman, J.L (1992) Trauma and Recovery. Basic Books. New York. 中井久夫訳(1999)心的外傷と回復. みすず書房
Herman, J.L. Complex PTSD: A syndrome in survivors of prolonged and repeated trauma Journal of Traumatic Stress.
5; 377–391.  (1992)

 松木邦弘・福井敏 編著新訂増補 パーソナリティ障害の精神分析的アプローチ 福井先生p・21)金剛出版(2019

Kernberg, O.: Borderline Personality Organization. J Am Psychoanal Association 15, 641-685. 1967

Kernberg, O.Severe Personality Disorders: Psychotherepeutic Strategies. Yale Univ Press 1984西園昌久 ()重症パーソナリティ障害―精神療法的方略. 岩崎学術出版社. 1997