2022年7月5日火曜日

解離性と他者 あとがきに代えて

 あとがきに代えて

一冊の本を書き下ろすということには長い準備期間が必要となる。全体の構成を考え、必要な資料を集め、執筆にとりかかり、何度も推敲を繰り返す・・・・。いわばそのために他の活動の手を休める「ダウンタイム」が必要になる。

しかし臨床や教育に携わる者にはその余裕がない。依頼された講演や大学の講義の準備があり、各種の執筆依頼に応じた論文を書き、また日々の臨床があり、その臨床に関係した必要書類の作成も膨大である。すると著書の作成はいくつか書いた原稿や講演のために作成したパワーポイントのうち同様のテーマがたまってきて自然に出来上がっていくという形となる。いわば「行き当たりばったり」である。

私が発表したこれまでの著作は結局はそのようにして出来上がってきた。しかしそれだと著書は単なる論文の寄せ集めに近いものになりかねない。そこで与えられたテーマの範囲が緩い場合には、それとなく一つのテーマに寄せて書くという工夫をすることになる。またその当時考えていたテーマが講演や論文に影響を与え、結果的にその時期に書いたものが似たようなモチーフを含むようになる。

「解離性と他者」というテーマの本書もそれらの結果と言っていい。他者とは何か。無意識とは結局他者ではないか。長年連れ添ったカミさんはいかにいまだにつかみどころのない「他者」ではないのか。小さいころから育て上げた子供は結局どんどん「他者」になり遠ざかっていく・・・・・。一方で解離の臨床を続けつつ、他者について考え続けていたこの時期はまさに本書の各章に現れている。退官記念講演もそちらに寄せられ、学会で企画に参加した対談も、結局はそちらに「我田引水」してしまっている。そうしてその結果として生まれたのが本書である。

本書の作成にあたり、まとめなおしてバラバラだが重複した内容の多かった各章をかなり強引に著書としての体裁を与えた感もある。大きな影響を受けたフェレンチなどは何章にもわたって顔を出す。しかしとりあえずは章ごとにテーマをまとめて論じることだけはできているようだ。

思えば全書からいろいろ悪戦苦闘した2年間だったがこのように一緒にまとめることが出来てほっとしている。一読した臨床関係者やクライエントさんにとって何らかのヒントになれば本望である。