2022年5月8日日曜日

他者性の問題 92 謙虚でなくては・・・

 私は最近とても良い体験をした。私が非常にリスペクトを感じるある精神科医とゆっくり話す機会があった。その先生は解離性障害の患者さんとの出会いについてご自分の体験を話してくれたが、それはとても参考になった。その先生は生物学的な素養が極めて深い、しかもとても良心的な臨床家であるが、彼の臨床の対象が双極性障害や統合失調症であることとも関係し、解離性の患者さんになかなか出会わない。それでも時々それらしき症状について触れる患者さんもいるという。そしてその時の対応を聞いてみた。するとその時の彼の心には「これは解離かも知れない。しかしそれについて不案内な自分が軽々しく扱ってはいけない。」という気持ちが浮かぶという。そしてその後同様の症状の訴えがないことから、そのエピソードは忘れられる運命にあるのだ。そしてそのような臨床家にとって解離を無視するとか軽視するというニュアンスはないのである。これは私たちの持つ専門性の問題ともかかわってくる。例えば私の患者さんがある内科疾患、例えば甲状腺の治療を受けていて、私の知らない薬剤を投与されているとする。すると「この領域の治療については、自分はその薬物の調節などはとても考えられないし、何も触れないのが得策だ」と当然のように考えるし、それは倫理的にも正しい姿勢なのだろうと思う。解離症状についても同様の畏れを抱かせている可能性がある。

この様に考えると杉山先生の「多重人格には『取り合わない』」という精神科医の姿勢もそれほどひどい、とかありえない、という問題とは違い、また私の「解離否認症候群」という呼び方もどこか皮肉を込めた侮蔑的な呼び方ということになる。私は何か偽善者のような気持になってきた。もう少し謙虚にならなくてはならない。