先ほど紹介した上原氏の論文から見えてくるのは、最近の司法領域におけるDIDの処遇が少しずつ変わってきているという事情である。上原氏は次のように述べる。「近年では、解離性同一性障害が被告人の刑事責任能力自体に影響を与えるものと判断する裁判例が出て来ている。」(上原、2020, p.30)その例として上原氏が詳しく論じているのが、平成31年3月の覚せい剤取締法違反に関する事件である(上原、2020)。この裁判ではDIDを有する被告人は覚せい剤使用の罪で執行猶予中に、別人格状態で再び使用してしまったという。そして原級判決では被告人に完全責任能力を認めた(つまり全面的に責任を負うべきであるという判断がなされた)が、控訴審では被告人が別人格状態で覚せい剤を使用したために、心神耗弱状態であったと認定したのである。これはある意味では画期的な判決であったと言える。裁判所の判決では、被告人が覚せい剤を使用するときは「おっちゃん」という別人格に体を乗っ取られ、「覚せい剤を使え」という指示に逆らうことが困難であったために使用に至ったという。