2022年5月21日土曜日

他者性の問題 104 ダイナミックコアモデルについての説明部分の推敲

 他者性の神経学的基盤

心とは神経ネットワークである

本章では本書でテーマとなっている「他者性」にどのような生物学的な裏付けがあるのか、そしてDIDにおいて交代人格が成立する際にそれがどの様な実態をともなっているかについて考える。ただしそれは大変難しいテーマでもある。心とは何か、それが脳の組織とどのように関係しているかは、David Chalmers の言う「難問 hard problem 」に関わる問題である。そこに様々な仮説は存在していても、一つの正解を見つけることはできない。その上にDIDで問題となるような、心が複数存在する際のモデルを考えるとなると、これは不可能に近い。だから本章の内容はあくまでも仮説であり、私の想像の産物であることをお断りしたい。ちなみに現在の医学関係の学術論文はそのほとんどが「量的研究」と呼ばれるものであり、そこでの科学的なデータが極めて重要な意味を持つ。いわゆるエビデンス・ベイスト・メディシン(EBM)という考え方に基づくものだ。その立場からは心についての脳科学的な基盤について仮説を設けてもその学問的な価値はあまり与えられない。しかしある種のモデルを心に描いて臨床に臨むのとそうでないのとでは、大きな差が生まれる。私がこれを設けることで臨床で出会う現象がよりよく説明されるようなモデルを追求した結果である。

Chalmers, David J. (1995) "Facing Up to the Problem of Consciousness. Journal of Consciousness Studies 2(3):pp. 200-219.

そこでさっそく心についてのモデルであるが、それを論じる上でしばしば用いられるのが “NCC”Neural correlates of consciousness)という概念である。これは日本語に訳すならば「意識に相関した神経活動」となり、要するに意識が働いている時に脳で活動している神経組織という事である。DNAの発見者の一人であり、その後心と脳の研究に進んだ Francis Crick と神経学者 Christof Koch による概念である(Crick and Koch, 1990)。

Crick F and Koch C (1990) Towards a neurobiological theory of consciousness. Seminars in Neuroscience Vol.2, 263-275.

彼らは意識活動は最小の神経メカニズムとして抽出できるのではないかと考えたが、そこで基本となったのは、神経ネットワーク、ないしはニューラルネットワークという考え方だ。脳は大脳皮質、小脳、扁桃体、視床、大脳基底核・・・・などの様々な部位に分かれているが、基本的にはどの部分も神経ネットワークである。そしてそれらのネットワーク同士がケーブル(神経線維)で繋がっているのだ。心はそれを基盤にして出来上がっていると考えるのがこのモデルである。もともとこの神経ネットワークという概念自体が、生物の神経系を観察した結果として生まれたのであるから、これが心を表すと考えるのは当然の話だろう。