2022年4月30日土曜日

他者性の問題 84 「障害」という表記の部分も加筆した

 「障害」の概念とその表記の仕方

この問題について検討する前に、そもそも障害や疾患とは何をさすのかについて少し論じよう。最近ではわが国では少なくとも精神科領域では「精神疾患」の代わりに「精神障害」の表現が用いられるようになって久しいが、それは欧米の診断基準である DSM ICD が標準的に用いている “disorder”(通常は「 障害」と訳される)という呼び方に対応して用いられているという事情考えられる。しかし「精神障害 」の「害」の字は明らかにマイナスイメージが付きまとうということから、最近では代わりに「障碍」ないしは「障がい」という表記をすることが多くなってきた。(ただし「碍」という文字の語源を調べると、これにも同様にマイナスな意味が含まれるようであり、果たして「障碍」への置き換えには意味があるのかという疑問も生じる。) 
 そして最近はこの disorder がさらに「症」と訳されるようになって来ている。といってもさすがに「精神障害」が「精神症」に代わったという話は聞かない。インターネットの検索エンジンで「精神症」と入力しても何もヒットしないから間違いのないことであろう(20224月の段階の話である)。あくまでも個別の「障害」に関してである。すなわち「強迫性障害」には「強迫症」が、「~パーソナリティ障害」には「~パーソナリティ症」という表現が新たに提案されたのである。
 この事情については 2013年に発行された DSM-5 の日本語訳「DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引」(日本精神神経学会、2014) にその経緯が書かれている。それによればこれらの表記をめぐって内閣府に作業チームが設置されたという。そして「連絡会は、(中略)児童青年期の疾患では、病名に「障害」が付くことは、児童や親に大きな衝撃を与えるため」「障害」を「症」に変えることが提案され、また同様の理由から不安症及びその一部の関連疾患についても」同様の措置が取られたという経緯が記されている(以上同書、  p.9)

この決定は私にも若干の「衝撃」を与えたが、さらに困惑させられたのは、例えば「解離性同一症」という表記であった。これはDSM-5 (2013) における dissociative identity disorder (解離性同一性障害)の日本語訳として提案されたものである。幸いなことに解離性同一性障害という従来の表記の仕方も並列して提示されていた。しかし「解離性同一症」の「同一症」はさすがに何を意味しているのかが不明で、日本語としても不自然である。そこで研究仲間の野間俊一先生と話し、少なくとも「解離性同一性症」くらいにはすべきだと合意した。幸いその後に出たICD-11の表記はこちらの方になっている。

ただこの○○病→○○障害 →○○ 障がい →○○症という変更は一つの重要な点を示唆している。それは精神の病気と正常との間には、私たちが思っているほど明確な分かれ目はないことが多いということだ。少なくとも神経症圏の精神障害は、それが軽ければ性格の一部、深刻になったら病気(障害)という考え方がおおむね当てはまると言っていいだろう。