DIDの裁判 最近の動向
再び上原氏の2020年の論文に戻ってみる。そこで上原氏が中心的に論じているのが、平成31年3月の覚せい剤取締法違反事件である。この裁判ではDIDを有する被告人は覚せい剤使用の罪で執行猶予中に、別人格状態で再び使用してしまったという。そして原級判決では被告人に完全責任能力を認めた(つまり全面的に責任を負うべきであるという判断がなされた)が、控訴審では被告人が別人格状態で覚せい剤を使用したために、心神耗弱状態であったと認定したのである。
ちなみにDIDにおいて責任能力を認めるか否かという議論には、精神医学的な見地が大きく関係している可能性がある。そして裁判においても、精神科医による精神鑑定の見解をできるだけ尊重するという立場が最高裁において下されているという(上原、2020)。この上原氏の紹介する覚せい剤使用のケースではそこで私的鑑定を報告した精神科医の意見が尊重された形になっているが、検察側の精神科医の意見についてはこの論文には書かれていない。とすれば弁護側の精神科医のみが鑑定を行ったという可能性があり、それが尊重されるとするならば、ある意味では当然の結果と言えるであろう。これは検察側が精神鑑定を求めなかったとしたら、そちらの作戦ミスということが言えるだろう。ところが私が関わったケースでは、検察側と弁護側が異なる精神科医から対立する精神鑑定の結果を報告するというパターンなので、どちらを尊重しようにも、最終的には裁判官や裁判員の判断ということになる。そしてその結果としてやはりDIDの場合に一般して責任能力が認められてきたのである。