2022年4月6日水曜日

他者性の問題 その59 DIDの責任能力について ちょっと推敲した

 現実の裁判において起きること

 さてここからは私自身の体験を交えながら論じることになる。私はこれまで10例程度の解離性障害を有する被告に関する裁判に関わり、出廷し、証言をしてきた。それに先立ち被告者と拘置所で鑑定医の立場で何度も面会し、かなりの時間を報告書の作成に費やした。もちろん私はその多くを公にすることが出来ない。医師は守秘義務を担う。「医師・患者関係において知りえた患者に関する秘密をほかに漏洩してはならない」のであり、それには私が鑑定医としてかかわったケースも該当するのだ。ただし司法プロセスはまた可能な限り公開されるべきものである。法廷は原則公開され、それが世間の注目を浴びる事件であったケースはかなり詳しく報道されている。私自身が関わったケースですでにジャーナリストにより文章化され刊行されたものもある。それを私が「引用」することには何ら法的制限はないことになる。以下の内容を私は守秘義務の問題に注意を払いながら執筆することになるために、かなり一般論的な記述になることをお断りしたい。

 私が本章で主張したい内容の要旨を述べるならば、それは「司法の場では、解離性障害はまだまだ正しく理解されたり、認められたりしていない」ということだ。そして上述のプロトタイプに対する判決にはあるパターンが存在し、それは解離性障害、特にDIDに対する理解の不十分さを反映していると考えざるを得ないのである。
 ここで上記のプロトタイプに該当する、すなわち大部分のDIDを有する被告人の置かれる状況にあるAさんの話に戻ろう。Aさんは万引きを働き、その件で店から訴えられたとする。(万引き程度で裁判は起こさないだろう、と言われそうだが、実際に起訴されて裁判が成立したとしよう。)まず検事側は、Aさんを通常の法律の運用に従って罪が問われるべきであると主張する傾向にある。それに対して弁護人側は、Aさんの有する精神障害(すなわちDID)を考慮したうえでAさんは減刑されるべきだったりは無罪であると主張することになるだろう。すなわちこの裁判はDIDが違法行為に与える影響をめぐって最初から対立する運命にある。そして次に何が起きるかと言えば、検事側も弁護側も、自分たちの主張に根拠を与えるためにそれぞれ別々の精神科医に依頼してAさんを診察し、それに基づく意見書や鑑定書を提出してもらい、そのどちらに信憑性があるかが裁判で争われることになる。これが通常の裁判のプロセスである。
 私自身は精神科医の証人として何度もこのような状況に身を置いているのでこのプロセスについては特に疑問だとは思わないが、読者の方は不思議に思われるかもしれない。それを代弁するならば「精神科医は医学者であり、目の前の患者を客観的に診察することが出来るのに、真っ向から対立するような意見の違いはどうして生まれるのだろうか?」となるだろうか。