臨床心理学というとやはりその大きな源流は精神分析でしょうし、アーロン・ベック は言うまでもなく、行動療法、来談者中心療法などのあらゆる流れが精神分析に多くの影響を受けています。その精神分析理論の中でも比較的多くの学派に支持され、いわば精神分析のスタンダードの理論と言えるのが、対象関係論です。
その対象関係論における「対象」という概念についてですが、これは一般的に他人、他者を指しています。しかしそれは結局は「心の中の他者イメージ」のことなのです。それを精神分析では「対象」という言い方をしているのです。(この「対象」という言葉は何か「モノ」的なニュアンスがありますし、英語でのobject もそのような意味を持ちます。そしてそれはリビドー論から始まったフロイトの理論が、そのリビドー、すなわち欲動の向かう目的 object となる人という意味で用いたのが始まりなのです。
ともかくも対象関係論で他者に近い概念が対象なのですが、これは他者について心の中に抱いているイメージということです。実際の母親ではなくて、「瞼の母」という事です。たとえばAさんという他者のことを考えるとすると、私達はAさんのことを分かったつもりになっていても、それは私たちが心の中で描いているAさん像、イメージであって、現実の他者としてのAさんではないわけです。というか、厳密に言えば、Aさんのことを知っている、と思った時点ですでに、現実の他者ではなくて内的対象になっているわけです。