2022年3月23日水曜日

他者性 その47 退官講演の文字化、加筆

 ところでこれまでにDIDの方に実際に出会ったことがない治療者は、交代人格Bさんとは言え、おそらくAさんの双子の片割れのような感じで、どこか性格とか仕草とかが似ていたりするものと想像なさるかもしれません。私もDIDを持つ患者さんに出会う前は、本で読むだけの多重人格という状態について、漠然とそう思っていました。ところが実際にお会いすると、ほとんどの場合、Bさんとお会いしてもCさんとお会いしても、多くの場合主人格Aさんとはかなり異なった、というか全く別の人として現われることに驚かされます。そこに不自然さとか演技をしている様子とかが感じられません。そのどの人格さんとお会いしていても、自然な形でその人と会っているという印象を持ちます。BさんもCさんもAさんが持っていない記憶を持ち、まったく異なるものの感じ方や人生観を持っているのです。話し方も、声のトーンも、表情の作り方も異なるのです。こんな不思議なことがどうして起こるのか、いまだに私には信じられないのですが、それは臨床的な事実なのです。
 人によってはこれを、例えば量子力学における現象と似ていると思うかもしれません。量子力学では素粒子は波の様なふるまいと粒子としての振る舞いを同時に見せるという、常識では考えられない現象が起こります。AさんとBさん、Cさん、Dさんが一人の人間に共存するという事も常識的には受け入れられなくても現実として認める必要があるでしょう。
 ともかくも私はDIDにおいては、交代人格Bさんは主人格Aさんとは別人であり、両者は他者同志であるという結論に達したのです。AさんBさん、時にはCさん、Dさんはそれぞれ他者である、別人であると割り切ることで、とても色々なことが説明できることがわかったからです。何しろAさんがバリバリの文系で数学が苦手でも、Bさんはむしろ理系で数学が得意という場合もあります。あるいはAさんは歌手でBさんは歌が歌えないという場合もあります。Aさんは運転ができないので、車に乗ったら運転のできるBさんに代わってもらう、という人もいます。その意味で交代人格同士は他者である、というのが私の考えです。だからAさんの場合にBさんが治療に表れた場合は、Aさんとは別の人としてBさんと接しなくてはならないのです。
 でもDIDの患者さんに出会った精神科医や心理士さんが同じような反応をするかと言えばそうではありません。