2022年3月18日金曜日

他者性 その42 新しい章の追加である

  最後の章はあとがきと一緒の章にしよう。それもうんと奇抜なタイトルにしよう。
 曰く「解離性障害は『障害』なのか?」あるいは「病気なのか」というタイトルでもいい。最近では「病気」、「疾患」の代わりに障害に、そしてさらに「症」と呼ばれるようになって来ている。欧米の診断基準では早々とdisorder という呼び方が用いられるようになっている。精神疾患はmental disorder であり、これは精神障害と訳される。しかし障害の「害」の字は明らかにマイナスイメージが付きまとい、は確かに問題視されかねないということから、最近では代わりに「障碍」「障がい」という表記をすることもある。これらの表記をめぐっては内閣府に作業チームが設置されたという経緯もあるという。さらにDSM-5が誕生した2013年には、その日本語訳として「~症」が採用されることになった。
 これについては2014年に出版された「DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引」(日本精神神経学会) に経緯が書かれている。
 連絡会は、・・・児童や親に大きな衝撃を与えるため、「障害」を「症」に変えることが提案され」その他の障害も同様の理由から「症」と訳すこととなったという経緯が記されている。(日本語版DSM-5, p.9)
 この決定は私にも若干の「衝撃」を与えたが、さらに困ったのは、例えば「解離性同一症」という表記であった。これは dissociative identity disorder 解離性同一性障害のことであるが、幸いなことに解離性同一性障害という従来の表記の仕方も並列して提示されていた。しかし「解離性同一症」の「同一症」はさすがに意味不明である。そこで野間俊一先生と話し、さすがに「解離性同一性症」くらいにはすべきだと合意した。幸いその後に出たICD-11の表記はこちらの方になっている。
 ただこの○○病→○○障害 →○○ 障がい →○○症という変更は一つの重要な点を示唆している。それは病気と正常との間には、私たちが思っているほど明確な分かれ目はないということだ。米国での精神医学のトレーニングの影響を受けた私は、よく患者さんから「これって病気ですか?」と尋ねられた際に、ほとんど躊躇なく次のような答え方をする。「あなたの持っているその傾向が、あなたの仕事や社会生活に深刻な問題を起こしているのなら、それは病気と呼びます。もしそうでなかったらあなたの持っている特徴の一つと言えるでしょう。」こう答えて私はボールを患者さん側のコートに打ち返した気持ちになる。自分のある傾向が仕事や社会生活にどの程度問題となっているかを判断するのは患者さん自身になるので、私たちが「診断」を下すという責任の一部は軽くなる。