2022年2月25日金曜日

他者性の問題 その26

 本書では解離性障害における他者性がテーマになっているが、特にいわゆる「黒幕人格」がどの様に成立し、どのような行動をとるのか、そして患者さん本人の生活の中でどのような意味を持っているのかについて本章で論じたい。黒幕人格とは私が「怒りや攻撃性を伴った人格部分」(解離新時代 岩崎学術出版社、2015年)として定義して用いている表現である。時には「黒幕さん」という多少なりとも敬意を表した呼び方を用いることもある。この黒幕人格は交代人格の中でもとりわけ他者性が際立っていると考えることが出来る。それはしばしば主人格やそのほかの人格たちの利害とは異なる行動や思考を表すからである。

黒幕人格がどのように形成されるかについては、もちろん詳しいことが分からないが、いくつかの仮説のようなものがある。そしてそれを頭の隅に置いておくことで、臨床的な理解が深まるかもしれない。そもそもそれらの仮説は、臨床で出会う様々な現象や逸話をもとに、それらをうまく説明するように作り上げられたものだからである。

 黒幕人格と攻撃性

 黒幕人格に出会うことで改めて感じることがある。それは人格は基本的には「本人」とは異なる存在、いわば他者であるということだ。もちろん本書の基本的なテーゼは「交代人格は他者である」である。しかし黒幕さんの場合はとりわけそう感じられるのだ。それはどういうことか?
 交代人格としてはさまざまな種類の人たちがいる。本人により近い人たちもいる。ここで私が言う「本人」とは、いわゆる主人格や基本人格など、その人として普段ふるまっている人格のことだ。ここで本人に近い存在として例を挙げるとすれば、それは主人格Aさんの若い頃の人格Aさんである。Aさんが数年前に一定期間トラウマを体験したりすると、その期間のAさん(A´さん、としよう)が独立した人格として成立することがある。その人は基本的には若い頃のAさんそのものであるために、もちろん利害はおおむね一致しているであろう。だからAさんが欲することは恐らくA´さんも欲しているはずだ。

 ところが黒幕人格は大抵はAさんの利害に無頓着な様子を示す。そしてしばしばAさん達の生活を破壊し、その体に傷をつけるような振る舞いをするのだ。黒幕さんが去った後は、Aさんは何か嵐のような出来事が起きたらしいこと、それにより多くのものを失い、周囲の人々に迷惑をかけてしまった可能性があること、そして周囲の多くの人は自分がその責任を取るべきだと考えていることを知ることになる。それは黒幕さんの行動の多くが、その定義通り攻撃性、破壊性を伴うからである。ただし黒幕さんたちのことを深く知ると、その背後には悲しみや恨みの感情が隠されている場合があることを、「本人」も周囲も知るようになるのである。いったいなぜ「本人」が困ったり悲しんだりするような行動を「黒幕さん」たちはしてしまうのだろうか? 彼らが示す怒りとはどこから来るのだろうか。