本書では解離性障害における他者性がテーマになっているが、特にいわゆる「黒幕人格」がどの様に成立し、どのような行動をとるのか、そして患者さん本人の生活の中でどのような意味を持っているのかについて本章で論じたい。黒幕人格とは私が「怒りや攻撃性を伴った人格部分」(解離新時代 岩崎学術出版社、2015年)として定義して用いている表現である。時には「黒幕さん」という多少なりとも敬意を表した呼び方を用いることもある。この黒幕人格は交代人格の中でもとりわけ他者性が際立っていると考えることが出来る。それはしばしば主人格やそのほかの人格たちの利害とは異なる行動や思考を表すからである。
黒幕人格がどのように形成されるかについては、もちろん詳しいことが分からないが、いくつかの仮説のようなものがある。そしてそれを頭の隅に置いておくことで、臨床的な理解が深まるかもしれない。そもそもそれらの仮説は、臨床で出会う様々な現象や逸話をもとに、それらをうまく説明するように作り上げられたものだからである。
黒幕人格に出会うことで改めて感じることがある。それは人格は基本的には「本人」とは異なる存在、いわば他者であるということだ。もちろん本書の基本的なテーゼは「交代人格は他者である」である。しかし黒幕さんの場合はとりわけそう感じられるのだ。それはどういうことか?
交代人格としてはさまざまな種類の人たちがいる。本人により近い人たちもいる。ここで私が言う「本人」とは、いわゆる主人格や基本人格など、その人として普段ふるまっている人格のことだ。ここで本人に近い存在として例を挙げるとすれば、それは主人格Aさんの若い頃の人格Aさんである。Aさんが数年前に一定期間トラウマを体験したりすると、その期間のAさん(A´さん、としよう)が独立した人格として成立することがある。その人は基本的には若い頃のAさんそのものであるために、もちろん利害はおおむね一致しているであろう。だからAさんが欲することは恐らくA´さんも欲しているはずだ。