司法精神医学と解離性障害、という部分を書き出したが、この先どれほど長くなるのかわからない。
本章では司法の領域においてDID(解離性同一性障害)がどの様に議論され、扱われ、あるいは処遇されているかについて論じたい。私はこれまで司法において解離性障害、特にDIDがどの様に扱われてきたかについてほとんど言及してこなかった。しかし実はこの問題は交代人格を他者と見なすという私の本書のテーゼにとって極めて重要な意味を持つ。司法領域において解離性障害が提示する問題は端的に言えば次のことである。
別人格の状態において行われる行為について、その別人格はどれほどの責任を負うべきであろうか?そしてそれに関して主人格はどうか。さらには「当人の人格」はどうか?
解離の文脈においてこのAさんに相当するものとして一番近いのは「基本人格 original
personality」であろう。Aさんと名付けられて生まれ育った人が一番最初に持っていた「自分は○○である」というアイデンティティの感覚はまさにAだったであろうという想定の下に、これを最初の人格という意味で「基本人格」と呼ぶのが専門家の習わしだ。ただしこの英語の原語はoriginal personality であり、あえて字義通りに訳すならば「最初の人格」という事になり、それを「基本人格」と訳すのは少し無理があると考えているが。そこで「当人の人格」という紛らわしいタームの代わりに、少なくとも本章では「基本人格」というタームをこれに充てるとしよう。つまり基本人格とは戸籍名であるAさんをもって自任する人格さんという事になる。
さて司法は法律を犯す、いわゆる違法行為が行われることに対処するものである。DIDの患者さんが司法領域で問題になるとすれば、誰かがそれを犯したという事になる。そこで問題になるのは、Aさん(基本人格)、Bさん(主人格)、Cさん(別人格)という事になる。この三人のうちの誰かが違法行為を犯したことになる。その違法行為として、例えば万引きを例にとろう。当人が万引きをしたところを店員さんに見つかる。そして店の奥に同行を求められる。ここで万引きを犯したのは、A,B,Cさんのうちだれかだという事になる。もちろんAさん=Bさんという状態、つまり基本人格が主人格である場合にはもう少しシンプルになるだろう。違法行為を犯したのはA(=B)さんかCさんの二人に絞られる。