2022年2月3日木曜日

偽りの記憶 論文化 15

この部分を最後に付け加える。 

 この学術的な研究は、トラウマ記憶が抑圧され、後に治療により回復される、という理論は誤っているという結論を導きかねない。ただし、実は一時的に失われていた記憶が治療により、あるいは治療とは無関係によみがえるという現象は、臨床的にまれならず見られるのであり、トラウマを扱う多くの臨床家にとってはそれは了解事項であるとさえいえる。

例えばある若い男性は、(中略)それらが過去数か月の間に起きていたことの断片であることが判明する。そしてその内容は客観的な事実から明らかになる(特定の場所を訪れた記憶がよみがえり、その場所に入館した本人の署名が見つかる、あるいは本人が書いていた行動記録のメモなどが見つかるなど)。

このようなプロセスに主として関係しているのが、解離という現象である。解離という現象を一言で表現するのは難しいが、あえて直感的な表現をすると、心がある特殊なモードになり、少なくともその間に起きた出来事に関する記憶が、脳の中の普段取り出すことが出来ないような場所に貯められるのである。そしてそれは何かその出来事に関連したトリガーなどにより突然よみがえることもあれば、それを体験した時と同様の解離状態になった時にだけ想起されたりする。この現象は実は飲酒による酩酊状態、いわゆるブラックアウト現象としてなじみがある方も多いだろう。この解離という状態はそれが一つの人格にまで発展することがある。するとAさんという人格の時に体験した事柄は、Bさんという人格の時には思い出すことが出来ない、といった状態が生じることになる。

ここで注意が必要なのは、この解離とこれまで述べた抑圧とは、異なる現象であるということだ。抑圧とはある種の意志の力である事柄を考えまいとする心の働きとしてフロイトが100年前に提唱したものであるが、科学的にそのような現象が存在するかの議論が分かれる。その結果として先にみたような記憶をめぐる論争が引き起こされるのだ。そしてさらに複雑なのは、解離という心の働きにより忘れられ、その後回復されたと思われる記憶内容に関しても、それが現実の内容と照合出来なかったり、実際にありえないような内容であったりもする。その内容もまた本稿で示したようなサブリミナルな影響や感化の影響を受けた過誤記憶として扱われるべきものになる可能性があるのだ。

この解離という心の働きを考えに入れることで、記憶の問題はより分かりやすく説明される可能性がある。すでに述べた退行催眠にしても、子供時代までさかのぼることのできる人の中には解離性同一性障害を有する方が混じっていてもおかしくないのである。