2022年2月2日水曜日

偽りの記憶 論文化 14

 この部分も書き換えた。

トラウマ記憶は特別か?

本稿の最後に解離とトラウマ記憶の問題について述べたい。蘇った記憶や過誤記憶について考える際、トラウマ記憶の問題は特に重要である。私たちがトラウマ、すなわち心的な外傷的となる出来事を体験した際に、その際の記憶は通常の記憶とは異なる振る舞いを見せることが知られ、それはPTSD(心的外傷後ストレス障害)や解離性障害などの症状の一部としてトラウマの臨床に携わる人間にとってはなじみ深い。ただ一般心理学の立場からはその点が十分に把握されているとは言えない。

2001年にスティーブン・ポーターとアンジェラ・バートの論文  “Is Traumatic Memory special ?” (トラウマ記憶は特別だろうか?) は通常の記憶とトラウマ記憶にどのような差がみられるかについて研究を行った。

Porter, S., Birt, A. (2001) Is Traumatic Memory Special? A Comparison of Traumatic Memory Characteristics with Memory for Other Emotional Life Experiences.  Applied Cognitive Psychology. 15;101-107.

  彼らは306人の被検者に対して、これまでの人生で一番トラウマ的であった経験と、一番嬉しかった経験を語ってもらったという。すると両方の体験は多くの共通点を持っていたという。つまり両方について被検者は生々しく表現でき、またよりトラウマの程度が強い出来事ほど詳細に語ることが出来たという。すなわちトラウマ記憶は障害されやすいというそれまでの考えは否定されるとした。またトラウマ記憶についてはわずか5%弱の人がそれを長期間忘れていた後に想起した一方では、嬉しい記憶についても2.6%の人はそれを忘れていたという。
 この研究では長期間忘れていた後に想起されたトラウマに関して聞き取りをしたところ、それらの記憶の大部分は無意識に抑圧されているわけではなかったという。それらはむしろ一生懸命意識から押しのけようという意図的な努力、すなわち抑制 suppressionという機序を用いたものであったというのだ。ただしより深刻なトラウマを体験したと感じた人ほどDES(トラウマ体験尺度)の値も高かったという。