2022年2月9日水曜日

引き続き 他者性の問題 12

 司法精神医学の立場から解離性障害について何が言えるだろうか。私はこれまで10例程度の解離性障害の被告に関する裁判に関わり、出廷し、証言をしてきた。被告者と拘置所で何度も面会し、法廷の証人席で長い時間を過ごし、そしてそれ以上に長い時間を報告書の作成に費やした。もちろん私はその多くを私は公にすることが出来ない。医師は守秘義務を担う。「医師・患者関係において知りえた患者に関する秘密をほかに漏洩してはならない」ということだ。ただし司法プロセスはまた公開されるべきものである。法廷は原則公開され、それが世間の注目を浴びる事件であればかなり詳しく報道されている。それを私が引用することには何ら法的制限はないはずである。

そこで本章はそのような注意を払いながら執筆することになるが、一つ強く思うことがある。それは司法の場では、解離性障害はまだまだ認められていないということだ。誰によってであろうか? 裁判官だろうか? 裁判員だろうか? 弁護側だろうか? 検事側だろうか? それとも精神鑑定に当たる精神科医であろうか? 結論から言えばその元凶の主たるものは精神鑑定に当たる精神科医の判断にあるといわなければならない。

こう書くと読者の方は混乱するかもしれない。「え、精神科医の専門的な意見を裁判官が受け入れないということではないのか? それにあなただって精神鑑定に当たる精神科医のはずではないか?」そこでこれには説明が必要だが、簡単に言ってしまえば、検事側についた精神科医の無理解が問題である、ということだ。私は通常弁護側の精神科医として証言するわけであり、法廷では二人の精神科医が異なった意見を提出するという形をとる。そして裁判官は検事側の精神科医の意見、すなわち解離性障害についての理解が十分でない側を採用するというのが通常起きていることなのである。これで少しわかりやすくなっただろうか?

以下にもう少しかみ砕いて説明しよう。ある解離性障害を持った方Aさんが罪を犯し、逮捕されるとする。Aさんは例えば何らかの形で人に危害を加えたとしよう。ところがAさんはその事件にかかわったことを記憶していないという。そして精神科に通院歴があり、時々別の人格状態Bになり、Aさんが通常起こすことのない行動を見せるということが明らかになり、この人への危害もBさんの状態で行ったことであるらしいということになる。そして被害者がAさんを訴えるという訴訟が起こされる。この場合原告(訴える側の被害者)は検事が付き、被告(訴えられる側であるAさん)には弁護人が付く。検事側はAさんは罪に問われるべきであると訴え、弁護側はAさんは無罪であると主張したり、減刑されるべきだと主張することになる。そしてそれぞれが参考人を選び専門的な意見を聞くことになる。