さてこの時点で、ウィニコットの言っていることがどのように他者性の問題と関連するかについてお話ししましょう。精神分析の一つの大きな流れに対象関係論があります。この理論では対象object という言葉が特殊な意味を持ちます。そしてそのことがいつも少し引っかかっていました。対象関係論では、「対象」とはモノではなくて、常に「内的対象」なのです。つまり心の中のイメージ、瞼の母のようなものなのです。ただし例外はウィニコットの移行対象transitional object で、これは人形などのものなんですね。そこで彼はこれを論文の副題にfirst not-me possession 「最初の自分でない所有物」と付け加えて混乱を避けています。他方では英語の口語でいうobject というのは本当にモノなんです。You are objectifying me! と言えば、私をモノ扱いしないで、奴隷扱いしないで、という意味です。そこで精神分析では外界にいるものを何と呼ぶかが不明なのです。私だったら他者、と言いたいところなのですが、それがありません。ただしそれに近いのが主体subject なのです。皆さんは疑問に思うかもしれませんね。対象関係論とは別の文脈で、いわゆる間主観性の議論が行われるようになりました。そこでは治療者が観察や治療の対象とするいわばObject としての患者をいかに扱うか、というのではなく、治療者と患者はお互いに一個の主観であるという考えがこの間主観性の議論なのですが、これはいいかえれば他者の議論と言っていいでしょう。