2022年1月21日金曜日

偽りの記憶 論文化 10

 ●過誤記憶の植え付けは可能か?

ある意味ではここからが本論考の主たるテーマとなる。過誤記憶は人工的に、それも健常人に作り出すことが出来るのであろうか? 結論から言えば、条件さえ整えばかなりの割合で可能であるという研究結果が出ている。私たちは過去の出来事を誤って想起することがあることはすでに見たが、さらに外部からの働きかけによりさらに大きな歪曲を伴った過誤記憶としてよみがえる可能性があるのだ。もちろんそのような例のすべてで過誤記憶が生じるわけではないが、それが私たちが考える以上に高頻度で生じることが明らかになっている。

例えば海軍でのサバイバル訓練の例が挙げられている(p.208)。そこでは被検者が模擬的に捕虜にされた特定の人物に厳しい尋問を受けるという状況に身を置かれる。そして被検者たちは実際とは異なる尋問者の写真を示された。やがて解放された被検者は、何と8491%の率で、写真で見せられた人物を実際の尋問者として報告したという。さらにはその尋問に関連した具体的な情報についても、質問の仕向け方により過誤記憶を生み出した。例えばそこに電話はなかったにもかかわらず「尋問者は電話をかけることを許可したか?」そしてその電話について描写せよ、と言われただけで、98%の被検者は、そこに電話があったと証言したという。

 この実験は過誤記憶が成立するという一つの例であるが、それを増幅するような様々な手続きがありうるという。例えば記憶の内容を言葉にすることで、その正確さが損なわれるという研究があり、これについては興味深い実験が知られている。被検者に30秒ほどある人物の写真を見せ、二つのグループに分ける。一つにはその写真の人物を言葉で描写してもらい(例えば髪の毛が茶色、目の色が緑、唇が薄い、など)、もう一つのグループにはそれを求めなかった。そして数日後にその写真をどのくらい覚えているかを調べると、書き留めてもらった人の正解率は27%で、それをしなかったコントロール群は61%であったという。つまり言葉で描写することを求めた方のグループに、より大きな記憶の歪曲が起きたのだ。この種の実験も結構色々な研究者により追試されて、色や味、音などについても同様の結果が出ているという。言葉にするということはそれをかなり限定し、歪曲することに繋がる。体験を忘れないように文章に書きとめるということ自体が過誤記憶を生み出す可能性があるのだ。

これらの研究は偽りの記憶財団が糾弾したような虐待の虚偽記憶を生み出すプロセスが可能となることの実証的なエビデンスを示しているといえるであろう。

 

●過誤記憶を助長するファクター (催眠、洗脳、サブリミナル効果)

 

1.催眠でも埋もれた記憶を掘り起こせるのか

想起された記憶と虚偽記憶というテーマで欠かせないのが、催眠による記憶の回復についてである。例えば次のような想像をしてみよう。非常に有能で経験豊かな催眠術者が被験者に深い催眠をかける。すると彼はそれまで思い出すこともなかった子供時代のあるエピソードについて滔々と語るとしよう。テレビ番組などでそのようなシーンを見た方もいらっしゃるかもしれない。これは実際に可能なのだろうか? ある研究によれば、アメリカの大学生の44%はそのような現象を信じているという。研究結果はその実証性は「ない」ということだ。あるいは退行催眠(催眠状態で年齢を退行させる施術)による実験でもその信憑性は疑わしいとされる。
 1962年の研究で、ボストン大学のセオドア・バーバーが発見したのは、幼児期まで退行するという暗示をかけられた被験者の多くが、子供の様なふるまいをし、記憶を取り戻したと主張したという。しかし詳しく調べてみると、その「退行した」被実者が見せた反応は、子供の実際の行いや言葉、感情や認識とは一致しなかったという。バーバーの主張によれば、被検者たちには子供時代を追体験しているかのように感じられたのだろうが、実はその体験は再発見した記憶というより、むしろ創造的な再現だった。同様に、心理療法中、暗示的で探るような質問に催眠術を組み合わされると、複雑で鮮明なトラウマの過誤記憶が形成される可能性があるという。

これが一般の心理学における一つの見解であることは了解したとしても、一つの問題が生じる。退行催眠が可能な人のいったい何人にDIDの人が混じっている可能性があるだろうか?そもそも催眠にかかりやすい人とは、結局解離性障害を有している人という事はないだろうか? 誰かこの疑問に答えてくれないだろうか? おそらく無理であろう。