A.取入れのプロセス
教育分析のプロセスがはじめは取入れのプロセスであることは論を待たないであろう。その分野において初心者である場合には、教えられたことはなんでもその通りに取り入れるということは、むしろ安全で確実なことであろう。
ここからは一つ比喩を思い浮かべよう。貴方がマッサージ師になりたいとする。調べると自宅近くに「分析的マッサージ養成所」という不思議な名前の付いた養成所があったので、そこに入会することにする。そこでは、自分が指導を受けつつ人に施術を行うというトレーニングとは別に、「教育マッサージ」というのを受けなくてはならないという。それは上級のマッサージ師(「教育マッサージ師」という資格を与えられている)に実際にマッサージをしてもらいながら学んでいくというシステムだという。自分の体のケアをしてもらいながら、他人の体のケアの仕方を学ぶ。そこには「マッサージをする人は、される側の体験を持つべきである」という基本精神も謡われており、それはとても理屈にかなっているように思える。
あなたはともかく「教育マッサージ」を受けてみる。週4回、50分というのはきついシステムだが、幸い料金が安いので受けることにする。まずあなたは「教育マッサージ師」に体のどこが凝っているのかを聞かれる。ここで「どこも凝っていません」とは言えない雰囲気である。「自分の体の凝りを否認し、抑圧している」などと言われかねない。それにこの「分析的マッサージ養成所」に入所した時、「まずは自分の体のどこがどのように凝っているかを知るところから、真のマッサージ道が始まる」というような講義を聞いたことがある。さらに本当に体のどこも凝っていないかと自問すると、自信がなくなってくるものだ。そこでちょうど腰のあたりが少し凝っている気がしてきたので、そこからほぐしてもらうことにする。こうして週4回の「教育マッサージ」は始まるが、それはどのように進んでいくだろうか?
あなたは上級のマッサージ師に体を揉んでもらううちに、多少なりとも凝っているところがいくつかあることを自覚する。そして「ああ、こうやって揉んでもらうと楽になるのだ」という体験を幾度となく持つだろう。どのような揉み方をしてもらえば痛くもなくくすぐったくもなく、ちょうど「痛気持いい」のだ、ということを学び、自分もそのようにマッサージを客に対して施してみようと思う。またその上級マッサージ師の客扱いのマナーや客への声のかけ方なども、実際にされていろいろ参考になる。というよりは最初はそれ以外のやり方はありえないと思うかもしれない。そして少し遅れて始まる実際のお客さんを相手にした訓練でも、自分がマッサージをしてもらったのと同じようにお客さんにすることになるだろう。
ただこの比喩を続けると、あなたはおそらくその教育マッサージ師からは、学ぶことだけではないであろうことが分かるだろう。その教育マッサージ師は教師であるとともに反面教師でもありうるという事がやがてわかってくるはずだ。実際身体を揉んでもらっていても、「それちょっと違うんじゃないかな?」と思うことも増えてくるかもしれない。最初は教育マッサージ師のマッサージの仕方はどれも正解だと思っていたが、少しずつ疑問がわくようになってくるのだ。それにマッサージを自分自身でも施術するトレーニングが進むにつれて、「ここは自分だったらこうするな」と思うことも増え、また上級のマッサージ師は案外迷いながら、手探りでマッサージをやっているんだな、という事もわかってくるだろう。
さてあなたは教育マッサージを受けつつ、自分自身もお客さんを取って低額でマッサージを施すことになる。これには「コントロールケース」と呼ばれるそうだ。こちらはどうなっているだろう? このコントロールケースはあなたがお客さんにどのようなマッサージをしたかを上級のマッサージ師に報告して、ここをこうしたらよかった、などの助言を聞くことになる。これがマッサージ・スーパービジョンと言われる。そしてこのコントロールケースを無事二例継続して行わないと、訓練の過程を卒業できないという。そして途中でマッサージに来なくなってしまうと、最初からやり直しというシステムもあるそうだ。もちろんこれはこれでとてもあなたにとって参考になるのだが、自分自身が受ける教育マッサージと、自分自身が施術するコントロールケースではある種の質の違いを感じることにもなる。
例えばあなたがマッサージ・スーパービジョンで、スーパーバイザーから「あなたはAという揉み方をしたが、そこはBという揉み方をするべきだった」という助言を受けることがある。あなたは実はそれについてあまり納得がいかないとする。しかしスーパーバイザーにそのように反論しても、「いや、お客さんの側からは、Bの揉み方が心地よかったはずですよ」と言われた場合、それで終わってしまうかもしれない。つまりその時のお客さんに詳しく確かめることが出来ないのである。ところが教育マッサージでは、何しろ自分がマッサージを受ける側なので、ある意味では正解を自分自身が知っていることになる。
こうしてあなたは教育マッサージとスーパービジョン付きのコントロールケースを無事終了し、そして週末に4年間にわたって行われるマッサージ理論を学んでその「分析的マッサージ養成所」の過程をすべて終了し、一人前のマッサージ師として巣立っていく。