2021年12月23日木曜日

偽りの記憶の問題 15

  さてそれから先のサブリミナルメッセージに関する著者の歯切れは悪い。サブリミナル効果とは、意識にのぼらないような刺激を与えられることで、人間の行動に変化が生じるという事である。実は有名なポップコーンの実験以来このテーマの研究は色々行なわれているが、今一つその存在の決め手がないようだ。「サブリミナル効果」でウィキペディアで調べたら面白くなってきた。以下若干コピペしてみる。

 19579月から6週間にわたり、市場調査業者のジェームズ・ヴィカリー(James M. Vicary)は、ニュージャージー州フォートリーの映画館で映画「ピクニック」の上映中に実験を行なったとされている。ヴィカリーによると、映画が映写されているスクリーンの上に、「コカコーラを飲め」「ポップコーンを食べろ」というメッセージが書かれたスライドを1/3000秒ずつ5分ごとに繰り返し二重映写したところ、コカコーラについては18.1%、ポップコーンについては57.5%の売上の増加がみられたとのことであった。しかし、ヴィカリーは、アメリカ広告調査機構の要請にも関らず、この実験の内容と結果についての論文を発表しなかった。19582月には、カナダのCBCが「クローズアップ」という番組の中で、ヴィカリーの会社に再"実験"をさせた。番組の時間を通して352回にわたり「telephone now(今すぐお電話を)」というメッセージを投影させてみたが、誰も電話をかけてこなかった。また、放送中に何か感じたことがあったら手紙を出すよう視聴者に呼びかけたが、500通以上届いた手紙の中に、電話をかけたくなったというものはひとつも無かった。 さらに、1962年には、Advertising Age が、ヴィカリー自身の「マスコミに情報が漏れた時にはまだ実験はしていなかった、データは十分にはなかった」という談話を掲載した。新潟大学の鈴木光太郎教授は、この実験そのものがなかったと指摘している。

 なんかひどい話という気もする。この種の検証は色々行なわれていて、あるものはサブリミナル効果の存在を示し、あるものは示さなかったという結果になっているらしい。ところで私は米国の分析家グレン・ギャバード先生の「力動的精神療法」というテクストを自分の臨床の一つのベースにしているが、彼は精神分析における無意識についての説明に、このサブリミナル効果を用いている。これは興味深いことだ。なぜなら精神分析の世界で通常私たちが無意識として考えるのは、私たちの心の奥底にうごめいているが意識できないような本能や願望などである。しかしそのような無意識内容などそもそもあるのかという事について、疑問符が付けられるという動きが、精神分析の内部でも、少なくとも一部の分析家によりみられる。これはその様なフロイト的な無意識が存在しないというわけではなく、それを確かめようがないという問題があるからだ。そしてギャバード先生のような、精神分析の奔流にいる分析家が、無意識の例としてサブリミナル効果を上げているという事は、彼もまたフロイトの古典的な意味での無意識をあまり想定していないという事になるのだ。それよりは、意識していない部分が私たちの意識的な考えや行動に影響を与え得るという意味で一番検証しやすい「無意識」内容こそがサブリミナル効果なのである。ギャバードさんが彼のテクストで挙げている例は、比較的信頼のおけるものらしい。Berridge and Winkielman2003)による研究であり、参加者を募って3つのグループに分け、彼らが気が付かないようなほんの一瞬、3枚の写真のどれかを見せる。それらの写真とは笑顔と中立的な顔と怒った顔の三枚である。そしてその後フルーツ飲料を自分で好きなだけ注がせるという実験である。その結果は笑顔を見せられた人たちは、それ以外の人たちに比べて50%ほど多くフルーツ飲料を自分のグラスに注いだという。比較的信頼のおける学術誌に掲載されたであろう(そうでないとギャバード先生も引用しないであろう)この様な研究もあれば、ウィキペディアの記事に乗せられたような結果となった実験もあるわけである。ただ一つ言えるのはこうだ。私たちが思ったほどサブリミナル効果は発揮されない。

  私はこの文章を書いていて、フロイトの理論を思い出す。フロイトは夢において極めて特徴的なプロセスが働き、いくつかの単語が組み合わさるといったいわば化学反応のような現象が脳で生じて、それが症状として表れるという説明を行った。しかしそれは最近のサブリミナルメッセージの研究の一つと似ている。例えば歌に組み込まれたバックワードメッセージ(逆に再生すると現れるメッセージ)が効果を発揮するという研究もある。こんな例を考えてみる。「ルイテレワノロハエマオ」と聞いた人が、なぜか背筋がゾッとする。それはこれを逆向きに読むと「お前は呪われている」となり、しかし無意識はその様なパズルを解き、ヒヤッとするという理屈だ。しかしこのような効果は十分に検証されてはいないようだ。