2021年11月29日月曜日

解離における他者性 59

 「攻撃者との同一化」の脳内プロセス

攻撃者との同一化についての脳内プロセスを図を使って説明してみよう。その前に前提として理解していただきたいのは、人間の心とは結局は一つの巨大な神経ネットワークにより成立しているということである。そのネットワークが全体として一つのまとまりを持ち、さまざまな興奮のパターンを持っていることが、その心の持つ体験の豊富さを意味する。そしてどうやら人間の脳はきわめて広大なスペースを持っているために、そのようなネットワークをいくつも備えることが出来るようなのだ。そして実際にはほとんどの私たちは一つのネットワークしか持ないが、解離の人の脳には、いくつかのいわば「空の」ネットワークが用意されているようだ。そこにいろいろな心が住むことになるわけだが、虐待者の心と、虐待者の目に映った被害者の心もそれぞれが独立のネットワークを持ち、住み込むことになる。その様子をこの図1で表そう。左側は子供の脳を表し、そこに子供の心のネットワークの塊が青いマルで描かれている。そしてご覧のとおり、子供の脳には、子供の心の外側に広いスペースがあり、そこに子供の心のネットワーク以外のものを宿す余裕があることが示されている。そして右側には攻撃者のネットワークが赤いイガイガの図で描かれている。そしてその中には被害者(青で示してある)のイメージがある。
 もちろん空のネットワークに入り込む、住み込むといっても実際に霊が乗り移るというようなオカルト的な現象ではない。ここでの「同一化」は実体としての魂が入り込む、ということとは違う。でも先ほど述べたように、マネをしている、と言うレベルではない。プログラムがコピーされるという比喩を先ほど使ったが、ある意味ではまねをする、と言うのと実際の魂が入り込む、ということの中間あたりにこの「同一化」が位置すると言えるかもしれない。ともかくそれまで空であったネットワークが、あたかも他人の心を持ったように振舞い始めるということだ。
 こうして攻撃者との同一化が起きた際に以下のような図(2)としてあらわされる。被害者の心の中に加害者の心と、加害者の目に映った被害者の心が共存し始めることになる。この図2に示したように、攻撃者の方はIWA(「identification with the aggressor 攻撃者との同一化」の略です)の1として入り込み、攻撃者の持っていた内的なイメージはIWA2として入り込む。
 以上のように自傷行為を黒幕人格によるものと考えた場合、DIDにおいて生じる自傷の様々な形を比較的わかりやすく理解することが出来るようになる。なぜ患者さんが知らないうちに自傷が行われるのか。それは主人格である人格Aが知らないうちに、非虐待人格が自傷する、あるいは虐待人格が非虐待人格に対して加害行為をする、という両方の可能性をはらんでいる。時には主人格の目の前で、自分のコントロールが効かなくなった左腕を、こちらもコントロールが効かなくなっている右手がカッターナイフで切りつける、という現象が起きたりする。その場合はここで述べた攻撃者との同一化のプロセスで生じる3つの人格の間に生じている現象として理解することが出来るわけだ。
 特にここで興味深いのは、主人格が知らないうちに、心のどこかでIWAの1と2が継続的に関係を持っているという可能性であるこの絵で両者の間に矢印が描かれている、これは主人格を介したものではない。ここは空想のレベルにとどまるのだが、両者の人格のかかわり、特にいじめや虐待については、現在進行形で行われているという可能性があるならば、この攻撃者との同一化のプロセスによりトラウマは決して過去のものとはならないという可能性を示しているのだろうと考える。
 ただしこの内的なプロセスとしての虐待は、この黒幕人格がいわば休眠状態に入った時にそこで進行が止まるという可能性がある。その意味ではいかに黒幕さんを扱うかというテーマは極めて臨床上大きな意味を持つと考えられるであろう。