2021年11月28日日曜日

解離における他者性 58

  心のコピー機能は実に不思議でかつ巧みな機能と言わざるを得ない。そしてそれが生じている明らかな例と思われるのが幼少時の母語の習得である。英語を授業で学ぶ経験を皆さんがお持ちと思うが、外国語のアクセントを身に付けることは、意図的な学習としては極めて難しいことである。いかに知的な能力の高い人でも、一定の年齢を超えると、外国語をその発音やアクセントを含めて完璧に習得するのはほぼ不可能だ。しかし幼少時に母語についてそれを皆が行っていることを考えると、それが意図的な学習をはるかに超えた、というよりはそれとは全く異質の出来事であることがお分かりだろう。何しろ学ぼうとする努力をしているとは到底思えない赤ちゃんが、23歳で言葉を話すときには母国語のアクセント(と言っても発音自体はまだ不鮮明ですが)を完璧に身に付けるのだ。それは母国語と似ている、というレベルを超え、そのままの形でコピーされるといったニュアンスがある。つまり声帯と口腔の舌や頬の筋肉をどのようなタイミングでどのように組み合わせるかを、母親の声を聞くことを通してそのまま獲得するわけだが、それは母親の声帯と口腔の筋肉のセットにおきていることが、子供の声帯と口腔の筋肉のセットにそのまま移し変えられるという現象としか考えられない。まさにコンピューターのソフトがインストールされるのと似た事が起きるわけだ。これはこの現象が生じない場合に模倣と反復練習によりその能力を獲得する際の不十分さと比較すると、いかにこのプロセスが完璧に生じるかが分かる。母国語の場合、しかもそれを多くの場合には10歳以前に身に付ける際にはこの「丸ごとコピー」が生じるのだ。
 もちろんこれと攻撃者の同一化という出来事が同じプロセスで生じるという証拠はないが、言語の獲得に関してこのような能力を人間が持っているということは、同様のことが人格がコピーされるという際にもおきうることを我々に想像させるのである。
 ちなみにこのような不思議な同一化の現象は、解離性障害の患者さん以外にもみられることがある。その例として、憑依という現象を考えよう。誰かの霊が乗り移り、その人の口調で語り始めるという現象である。日本では古くから狐が憑くという現象が知られてきた。霊能師による「口寄せ」はその一種と考えられるが、それが演技ないしはパフォーマンスとして意図的に行われている場合も十分ありえるであろう。しかし実際に憑依現象が生じて、当人はその間のことを全く覚えていないという事も多く生じ、これは事実上解離状態における別人格の生成という事と同じことと考えられる。現在では憑依現象は、DSM-5 (2013) などでは解離性同一性障害の一タイプとして分類されているが、それが生じているときは、主体はどこかに退き、憑依した人や動物が主体として振舞うということが特徴とされるのだ。