「解離否認症候群」は健在である
1.
私は定型的なDIDに出会ったことはあまりない。
2. ただし自分を解離性障害という患者には何人か出会ったことがある。
3. 自分がいくつかの人格部分を持つという主張はアピールであり、それ自体が一つのアイデンティティとなっている。
4. そのような患者への最善の対処の仕方は、人格部分が出現した場合に、それを相手にしないことである。
5. 人格部分は、それを相手にしないことで、その出現は起きなくなる。
6. 解離性障害はおおむね医原性と見なすことができる。
もう6年も前のことだが、同様の概念を定義しなおそうとしても、その記述はそのまま当てはまる気がする。先ほど鑑定医の先生の例に挙げたように、自分はDIDに出会ったことはあり、その上でこのケースについては真正のDIDではない、という治療者の主張も、この「1.私は定型的なDIDに出会ったことはあまりない。」に当てはまる。彼らは「あまりであったことがない」のである。そしてこの解離否認症候群は一般の治療者に限らず、患者さんの家族にもみられることがある。先ほど患者さんは交代人格を他者として扱うことの大切さを最初に学ぶ、という言い方をしたが、そうでない場合もある。そしてそれらの人に特徴的なのは、解離症状を呈することに「疾病利得」を見出す傾向にあるという事だ。だから私が解離否認症候群を6年ぶりに手直しするとしたら、その点を付け加えたいと思う。
実際の例を挙げてみよう。私のある患者さんは解離性遁走でひと月ほど地方を彷徨い、戻った時には自分の家族のことを覚えていなかった。それどころか自分の母親も認識できず、途方に暮れてしまった。ところが彼の奥さんは激怒し、「あなたは家庭を捨てて自由になりたかったんでしょう? なんと無責任なんでしょう?」と離婚を持ち出した。私としてはその男性の解離性遁走には、仕事場での彼のストレスは関係していることは確かであるが、家庭への不満はあまり関係していないと思っていたので、それは誤解であろうと説明したが、奥さんの彼に対する不信感はしばらくは消えなかったのである。
また別のケースでは、一家の主婦が突然男性の人格に乗っ取られるということが起き、残された夫と二人の子供は途方に暮れてしまった。その時一番反応したのが姑さんであった。そして「あの嫁は結局は子育てをしたくないから別人のような振る舞いをしているだけだから、さっさと離婚しちゃいなさい」と息子をけしかけるということが起きたのである。