この交代人格といかに会うかという事について、実は実際の臨床現場ではある驚くべきことが起きているという事は以前から話には聞いていました。しかしおそらくそれは非常に例外的な現象であろうと思っていたのです。ところがどうやらそうではないのではないかと思うようになりました。
それは日本の精神医学会で、とりわけトラウマ関連で非常に強い発信力を持っておられる杉山登志郎先生の著書にある一文を見たときに明らかになりました。
それがこの文章です。
一般の精神科医療の中で、多重人格には「取り合わない」という治療方法(これを治療というのだろうか?) が、主流になっているように感じる。だがこれは、多重人格成立の過程から見ると、誤った対応と言わざるを得ない。
(杉山登志郎 (2020) 発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療 p.105)
これは私がもしかしたら起きているかもしれないと危惧していたことが文章になったものとして私がはじめてであったものです。母親が交代した時の息子の反応を目の当たりにしたことがあります。おびえた子供のように、息子の目をのぞき込む母親に対して、こわごわと母親を見つめ、そして手を握ってあげていました。またDIDを持ったご主人にもたくさん会いました。もちろん少ないながら男性のDIDの患者さんもいらして、そのような方をご主人として持つ奥様の姿もたくさん見てきました。そして一つ思うのは、おそらく別人格が別人であるということを本当に理解しているのは彼ら、彼女らではないかということです。彼らは配偶者や親が人格の交代を起こすのを日常的に体験しています。彼らはそのようにすることでしか彼らに対処することが出来ないという事情が分かっています。というのも多くの場合人格ごとに記憶が異なり、一人の人格とは通じた話が別の人格とは通じない、ということを日常的に体験しているからです。DIDの母親を持った子供は小さいころは、お母さんが二人いると思っていたという話を聞きます。子供にとって母親を識別することは極めて重要になります。あるシーンで、母親の一卵性双生児の妹が訪ねてきたとき、最初は母親と思って抱き着こうとして気配の違いを察した赤ちゃんが、恐怖におののいて泣き出す姿を見たことがあります。いわゆる不気味の谷を赤ちゃんが体験していたわけですが、自分にとっての母親は一人であり、別人格になると他人だということを、幼児の段階で理解するということはとても重要です。交代人格は他者であるという私の主張を支持してくれるのではないかと思うのです。またこれは語弊があるかとは思うのですが、人格が違うと、ペットのワンちゃんがすぐにわかって近づいてこなかったりするということも起きているのです。家で昔飼っていた犬のチビは、妻が呼ぶとしっぽを振ってすぐ来るのに、私が呼ぶと見事に無視していました。犬もまた他者を識別する力を、交代人格に対しても発揮していたのです。