ここでブロイアーの「類催眠状態」を説明します。ある種のトラウマが起きると、そこで意識が二つに分かれてしまう。フロイトはこのように意識が分離して異なる人格が存在した例を自分も体験したと言っているわけです。でもフロイトが一番反対したのは、トラウマと同時に自動的に意識が分かれる、あるいは出来上がるという現象についてです。フロイトはそれは心があたかも自動的に二つに分かれるようで、とても大事な点を見逃していると言いました。それはその意識が防衛的に切り離されたというプロセスです。
ここで一つのたとえを用いましょう。ある優しい女性の人格が荒々しい男性の人格を持っているとします。そしてブロイアーによれば、それが何らかの外傷、例えば性的外傷によって生まれたという説です。ところがフロイトは、その男性人格は、そのもとの女性人格が自分から切り離したい、例えば男性的な部分を徐々に作り上げていたのだ、というわけです。心というのは常に自分が排除したいものを抑圧したり、心の奥底に閉じ込めたりするものであり、多重人格もそのような能動的な心の働きの結果だというわけです。
この図は今の事情をもう少し分かりやすく描いたものです。今回の講演のために描き直しました。左側がもとの心(意識A)がトラウマを受けて意識Bが出現した図式で、これがブロイアーの考えた心のモデルでした。トラウマを受けたことが切っ掛けで突然心が出現するのです。何か不思議なオカルト的な現象とお考えかもしれませんが、私の臨床感覚ではこのようなことが起きるようです。それが最も典型的な形をとるのが憑依体験です。憑依においては突然ある種の霊的な存在が付く、という現象が起きます。
右の図を見ていただければわかるとおり、フロイトは原則的にはその様なことは起きないと考えました。まず心の中で、切り離したい部分を切り離すという、ある種の意図的な努力がなされるのです。決してそこでオカルト的なことは起きない、とフロイトは考えていたことになります。