日本におけるストレンジ・シチュエーション
日米の子育て環境についての研究としては、いわゆるストレンジ・シチュエーション・プロシージャ―(SSP)の研究が挙げられる。1984年に行われた札幌での研究は、しかしその後多くの議論を巻き起こし、結果として日欧の子供の在り方をめぐる比較研究は不幸にも頓挫したままであるとの印象を受ける。その経緯について簡単に述べたい。
SSPはメアリー・エインスワースが子供の愛着のパターンを知るために考案して一大センセーションを巻き起こした実験的な手続きのことである。それはある部屋に母親が子供(9~18か月)と一緒に入り、次に見知らぬ他人が入って来て、さらに母親は子供をおいて出て行く。そしてそれに対する幼児の反応を観察し、次に母親が戻ってきた時のそれに対する子供の反応を観察する、という一連の流れにより構成されている。このSSPはその中に子供が母親から置いておかれるというプロセスを含むために、それに対する日本と欧米の子供の反応の違いが見られるという期待があった(要引用文献)
エインスワースは子供の反応について、それをA型「不安定(回避)型」(戻ってきた母親に無関心。母親が出て行っても戻ってきてもあまり関心を示さない。)、B型「安定型」(母親に抗議するが、すぐ落ち着く。)、C型「アンビバレント(両価)型」(お母さんが部屋に戻ってきたときに抵抗を示す。身体接触は求めるが同時に抵抗も示す。たとえば抱き上げようとすると泣き、おろそうとすると怒ってしがみつく。お母さんが部屋から戻って来るとお母さんを求めて泣きだすが、お母さんのもとへ近寄ろうとしない。お母さんが近付くと、抵抗を示す。)その後、メインとソロモンが上記3つに当てはまらない愛着のタイプを発見し、D型「無秩序型(無方向型)」を追加した。
ちなみにエインスワース自身の研究による各タイプの比率構成は、A タイプが 21%、B タイプが 67%、C タ イプが 12%というものであった。ちなみにこの比率は、その後、世界 8 カ国で行われた 39 の研究、約 2000 人の乳児のデータを総括して得られた、各タイプの比率とほとんど変わらないものである(van IJzendoorn & Kroonenberg,1988)。ただし社会文化による違いが存在しないという訳ではなく、例えば、ドイツでは Aタイプの比率が、またイスラエルのキブツや日本ではCタイプの比率が相対的に高いということが知られているのだ。
日本では1984年に札幌の三宅、高橋らの手によりこのSSPが日本の母子を対象にして施行された。しかしそこでの結果は欧米における結果と大きく異なるものとなった。日本のサンプルでは、A型がゼロで、C型が30パーセントであると報告されたのである。つまり約三分の一がアンビバレント型であり、子供は自分を残して出て言った母親が戻った際に大きな情緒的な反応を見せたのである。
これについて三宅らは、このSSPの結果が日本の子供の愛着スタイルの異常を示すという見解は取らなかった。日本の母子はいつも一緒にいるので、SSPという設定自体にさらされた子供自体が驚いてしまい、むしろそれが正常に近い反応であろうと主張した。すなわち日本でC型が多いからと言って、不安定な愛着が起きているとは言えない、と説いた。
三宅によれば「日本の母子は常に近い身体接触を持つので、この実験状況自体があまりにも奇妙でストレスフルであるという反論が書いてある。だから日本におけるCの多さは不安定な愛着を示してはいないのだとされた。Owing to the facts that Japanese mother and infant relationship is typically characterized by constantly close physical contact and by the infrequency of separation from the mother, and that the Japanese infants tend to have a temperamental disposition towards fearfulness and irritability, it can be expected that the Strange Situation will be too strange and too stressful for Japanese infants. Thus they did not consider the C type of response of the Japanese infants as a direct reflection of a greater tendency to be insecurely attached. (下線部は岡野の強調)。(Ujiie, T(1986): Is the Strange Situation Too Strange For Japanese Infants? 乳幼児発達臨床センター年報, 8, 23-29.)
この日本におけるSSPの結果については、その背景に、社会文化間に存在する子どもやその養育に対する基本的考え方(Harwood et al.,1995)および実際の家族形態や養育システム(van IJzendoorn & Sagi,1999)の差異などが関与している可能性は否定できないという議論も見られた。
それから30年が過ぎて、初めて札幌でSSPの実験が行われたが、結果は三宅らのものとあまり変わらなかったという。(Kondo-Ikemura, K et al(2018) Japanese Mothers' Prebirth Adult Attachment Interview Predicts Their Infants' Response to the Strange Situation Procedure: The Strange Situation in Japan Revisited Three Decades Later Developmental Psychology 54 (11)
「例のA,B,Cの分類は似たような結果になったという。そこでは不安定型の子供のうち両価的な子供が主たる位置を占めた。そして解体型の割合も世界と同じレベルだった。そして解体型の子供の反応は、母親の未解決の心的状態によって予測されていた。」