(中略)
さてここから先の部分は英語でしか書いていないので、日本語に直しつつ書き進める。この後に何が起きたのかと言えば、彼らの息子はその後「夜驚症」を発症した。これは寝入ってからしばらくしてパニック状態のようになり、宥めても本人には全く通じず、そのうち寝てしまうというエピソードで、これが一日おきくらいに起きるという事が3年ほど続いた。本人は全く覚えていないのだが、少年の両親にとっては、それが起き始めたタイミングからも、これが4歳にして二回も開腹を受けた影響であろうかと思った。その後もこの子供は夜寝るときも母親に手を握ってもらうことを要求したという。彼の両親はこんなことでは子供を余計に甘やかしてしまうのではないかと思ったという。そして精神科医の私にも相談を持ち掛けたというわけである。私は自分の息子にそのようなことが起きたらどうするだろうと思いながら、「まあ、好きにさせればいいんじゃないですか?」とだけ言っておいた。そして心の中では、この子供が将来どのように育っていくのかをしっかり追っかけさせていただこうと思ったわけだ。
さてそれから数年して私は帰国後の日本で彼ら夫妻に久しぶりに会い、彼らの息子さんのその後の様子を聞いた。すると「あれから夜驚症はおさまって、思春期になるとあっという間に自分の部屋に閉じこもり、親とはあまり口を利かなくなり、大学に入るとともに地方での一人暮らしを開始し、盆と暮れに顔を見せるくらいになってしまったという。彼は依存的な青年になるどころか、一人暮らしを満喫し、実家に寄り付かなくなってしまったのである。
私はここで一つのことを学んだつもりになったが、それは「好きなだけ甘やかせても、子供は独り立ちをする」であった。しかしこれをもう少し掘り下げてみると、むしろ親の側の甘やかしを押し付けていた分があり、それが彼らの息子を追いやったのではないか、という事である。おそらくもともとは寂しがり屋だった彼らの息子は、親元を離れたくないという気持ちもあったのであろう。彼は大病をしたせいもあり、幼少時はどちらかと言えば病弱だったために、彼らの両親は過保護気味に彼を扱っていたこともあり、彼はそれを心強く思う分と、気恥ずかしく情けない部分の両方を持っていたのだ。そこで彼は大学入学を期にポーンと家を飛び出し、親のことなど少しも思い出さないかのような振る舞いをしている可能性はないだろうか。
ともあれここで私の多少なりとも強引な仮説を示す。
「甘えさせ」は場合によっては分離個体化を促進する・・・。土居先生でも「まあ、それでもいいじゃないの?」とは言ってくれない気がするが、まああり得ないことでもないだろう。というか私自身胸に手を当てると、これが当てはまるようなところがあるのである。