2021年3月30日火曜日

エッセイの書き直し 11

 ハーマンさんはこの「心的外傷と回復」という本では本格的にCPTSDのことを論じているわけではない。しかし同時期にCPTSDというテーマについて論文を発表している。それがComplex PTSD: A Syndrome in Survivors of Prolonged and Repeated TraumaJournal of Traumatic Stress, Vol. 5, No. 3, 1992 pp.377191である。そこではこのCPTSDDESNOS(ほかに分類されない極度のストレス障害)という名前でDSM-IVに掲載されることが検討されているという。結局DSM-IVにはDESNOSCPTSDも掲載されなかったのだが、まずはこの論文の記載についても少し見てみよう。

 まずCPTSDは症状が多様に出現するとして、それを身体症状、解離症状、情動的な変化と説明し、それから性格の変化Characterological Sequelae of Prolonged Victimizationの記述へと進む。ちなみにこの記述からハーマンさんは主としてprolonged captivity において生じる症状について論述しており、小児の虐待状況という言い方に限定していないのがこの論文の特徴である。このCPTSDにおける性格の変化という事でいくつかの項目が出てくるが、そこでは「他者との関係の病的な変化」として再び「強烈で不安定な関係性」が論じられ、もっともそれを典型的に表すのがBPDであるという記述がみられる。そこには孤独への耐え難さと他者の耐え難さが共存するという。そしてハーマンは、同じようなことはMPDについても言える、と主張する。ここの記述はやはり「心的外傷と回復」と変わらないことになる。
 次に出てくるのが「アイデンティティの変化」。ここにもBPDMPDが出てくる。後者ではいくつかの部分が人格を形成するが、前者ではその能力がないために、スプリッティングの形をとるのだ、という言い方だ。ここら辺でもBPDMPDの論法が目立つ。そして最後の項目が、自傷がその後も続くという記述である。そしてこのような診断が大切なのは、これをパーソナリティ障害と見誤ることだ、と書いてある。つまりBPDという診断がすでに見下したような診断であり、そのように診断されるべきではない、と言いつつもCPTSDの症状はBPDに頻繁にみられると言っている。果たしてBPDCPTSDと違う、と言っているのか、後者が前者を含む、と言っているのか簡単には判断できない。ただしCPTSDBPDがとても近い関係にある、ということはニュアンスとして伝わってくるのだ。

さてもう一方のDESNOSの方はどうか。これについてはComplex trauma and disorders of extreme stress (DESNOS) diagnosis. (Directions in Psychiatry. Vol 21, 2001 373-415.) という論文が参考になるが、その中でもこのエッセイのテーマであるBPDとの関係に注目しよう。p.385には「DESNOSか、BPDか」という項目がある。私たちがBPDだと考えていたケースをよく調べると、その多くがDESNOSなのだ、と書いてある。そして太字で強調されている部分が「患者のトラウマヒストリーを詳細に聞くと、ケースの概念化と治療指針まで変わり、それが症例の提示の仕方の理解にまで及ぶ。特にBPDのトレードマークである攻撃性 hostility、情緒的な操作性 emotional manipulation、欺きdeceptionなどは悲しみsadness, 喪失loss、外傷的な悲嘆 traumatic grief などの真正なる感情に置き換わるのだ。」「幼少時のトラウマ体験への適応として理解することで、DESNOSBPDかの判定に大きな違いが出てくる」。これはボーダーラインの患者さんを偏見なく診ることでそれまでのBPDが誤診であることが分かることが多い、と言っていることになる。

そしてさらに太字で強調されているのが、「リサーチにより分かったのは、BPDDESNOSは重複する部分があるものの、明確に異なる状態である。」「両者は表面上は似ている。6つの領域のうち4つはしばしば共通している。」つまり慢性の情緒的な調節不全chronic affect dysregulation DESNOSでは最も顕著だが、BPDではアイデンティティと他者との関りの障害に比べて二次的である。BPDとはそもそも愛着の問題だが、DESNOSは自己調整self-regulation の問題なのだという。

もうこれがバンデアコークさんの出した結論と言っていいだろう。DESNOSではBPDに比べて感情の下方への調整不全が起きているdownward dysregulation という事だが、要するにDESNOSの人はより抑うつ的だという事だろう。BPDでは一時的な気分の上昇があるが、DESNOSでは気分は抑うつ的~深刻な怒り、恐怖、絶望感の間を行ったり来たりするという。とにかくDESNOSで見落とされがちなのは、陽性の気分を保つことや喜びを味わうことの難しさであるという。
 一応バンデアコークさんの立場はわかった。まずハーマンさんよりもさらに幼少時の慢性的なトラウマの重要な役割を強調している。そしてBPDより抑うつ的である。つまり彼の方がより生物学的な問題に目を向けているという事か。「まとめ」にはこう書いてある。DESNOSの問題は、1.情動や衝動の調整不全、2注意や意識の調整の問題、3自己知覚、4.他者との関係の持ち方、5意味のシステム、6.身体化。そしてその重症度を調べるためのSIDESという指標があるが、実はこれについての日本語の解説もネットでダウンロード出来る。そして彼がはっきり書いてあるように、DESNOSBPDは別物、なのである。