さてハーマンさんは、このCPTSDとして具体的に想定している一群の患者さんたちがいた。それは従来いわゆる「ヒステリー」と呼ばれてきた患者さんたちである。ヒステリーという概念は過去の遺物という印象を持つかもしれないし、実際にそれが精神医学の表舞台から消えるきっかけになったのが1980年に発刊したDSM-IIIであった。しかし私が精神科医になった1980年代の前半には、精神科の教科書に載っていた。それは例えば「解離性ヒステリー」「転換性ヒステリー」という二つに分類されていたのである。
ハーマンさんの提言は、このヒステリーと呼ばれていたものがおおむね彼女の言うCPTSDに相当するというものだが、そもそもこのヒステリーとは、解離性同一性障害(これをハーマンは従来の呼び名の多重人格障害と呼んでいたが、これは以下に「DID dissociative identity disorder としよう」)、身体化障害(以下、SD)、そして境界パーソナリティ障害(以下、BPD)であるとした。この論法で一つ大きな特徴は、このヒステリーに相当するものとしてBPDを入れていること、そして解離性障害の中でも特にDIDに限定したことである。それがなぜユニークなのかを説明しよう。
先ほどヒステリーが精神医学の表舞台から消えるきっかけになったのがDSM-IIIであったと述べたが、そこでは従来のヒステリー神経症を「解離性障害dissociative disorder」と「身体表現性障害 somatoform disorder」の下位分類に分けたという形をとっている。だからハーマンがヒステリーの代表としてDIDとSDを上げるのはそれなりの理由がある。しかしそこにBPDを含めることには、違和感を覚える人がいてもおかしくない。
ということでハーマンのTrauma and Recovery を紐解く。昔読んだことがある本だが、改めて読むと感慨深い。こんなことが書いてある。「身体化障害とBPDとMPDの三つはとても似ている。結局昔からヒステリーと呼ばれていたのはこれなのだ」なんとシンプルで大胆なのだろう!「そしてこれらに共通するのは、差別を受け、誤解されているということである。そしてこれらは普通は女性である(英語版、123ページ)ともいう」。そう、ハーマンさんのCPTSDはフェミニズムのスピンがかかっているのだ。このように言っている。
「幼少時に虐待を受けた人が将来CPTSDを発症し、それは従来ヒステリーに分類されていたものであり、そのバリアント(偏移型)が身体化障害とBPDとMPDである。」うーん、わかりやすい。そして彼女たちの特徴は、高い催眠傾向や解離傾向を持つが、誇張や演技と誤解され、社会から差別を受けているが、多くの身体症状を抱え、また対人関係上の困難さを有する。P124 あたりから抽出しよう。特に近い関係が苦手であり、それはBPDの症状としてもっとも記載されているという。それはintense, unstable relationships だという。彼女たちは、一人でいるのが辛いが、他者を疎むこともある。p125ではこんなことも言っている。BPDではMPDのように憎しみを持った悪魔のような解離性の人格を持つことができないが、MPDと同様にそれらを統合するということに困難さを有する。とにかくこれら三つの共通分母は幼少時のトラウマである。ハーマンさんのデータではBPDの81%が虐待を受けているという。