2021年2月22日月曜日

儚さ 11

Discussion

 すでに掲げた論点を再びここに記そう。フロイトと京都学派に事実上接点はなかったが、その主張が響き合うのはなぜだろうか。この一致は偶然なのだろうか。フロイトはある意味では彼らを先取りしていたのであろうか。それとも相互にinform 出来るような意味を両者に見出すことが出来るのであろうか。

最初の論点について論じたい。両者はある種の同じ真理に別々のルートから到達しているのであろうか。それともこれらは偶然の一致であろうか。

一つ重要なのは、西田も田辺も西谷も、ドイツに留学し、西洋の哲学の概念に接しているという点である。彼らはハイデッガー、フッサールと言った哲学の巨匠にじかに師事し、その息吹を体験してそれを日本に持ち帰っている。しかし彼らには西洋哲学を学ぶ前の禅という素地があったため、彼らの中で豊穣かつユニークな異文化交流は生じていたことになる。例えば西田における純粋体験にはベルグソンの直感や、ウィリアム・ジェームスの純粋体験があったが、それらを取り入れる際に同様の発想を禅や日本文化にすでに感じ取っていたのであろう。その意味ではこれは文化を超えた共通の真理に触れていたということが出来るだろう。

ここでフロイトが身を置いた精神医学の世界と、西田らが身を置いた哲学という違いは考慮しなくてはならない。しかしフロイトの思想は恐らく精神医学を超えた哲学的な分野まで及んでいた可能性がある。留意すべきはおそらくフロイトも西田もある種の現実的な体験から得られた考えであるという点は同じであるという事だ。フロイトは現実の喪失体験が彼をして性愛論から対象喪失と喪の理論に向かわせたというSchimmelの理論を思い出していただきたい。フロイトの喪の理論は、彼自身が実際に親しい人を亡くし、戦争により破壊されていく都市や文化に遭遇するという現実的な体験の中から生まれた。それは彼のそれまでのメタサイコロジカルな、抽象的な思考を根本的に変えた可能性がある。他方では西田は実学を重んじ、哲学は実際に生きることと結びつくべきであるという考えを維持し続けた。そして彼らが依拠したのは禅であり、座禅を組むというプラクティスを伴う、いわば現実的な生活に密着したものであった。そして両者が素朴に現実を見つめなおしたときに考えたことは、理想や偶像や期待を超えたある種の現実の姿、すべての形あるものはやがて滅びゆくこと、そしてすべてのものは全く予想不可能な姿を展開していくという現実であった。それはフロイトの中では儚さという言葉に集約され、禅の世界でははるか昔から解かれていた色即是空の考え方であった。両者の一致は偶然であるというよりは必然であったのだ。死すべき運命に直面するという事の重要さは、文化や時代を超えていたからである。