2020年11月30日月曜日

これまで書いた論文 2

カチカチの理論的な論文。精神医学体系(精神科のどの医局にも一揃いおいてある百科事典のようなもの)のための論文だからテキスト調である。書籍の一章としては無理だろう。


       顕著なパーソナリティ特性

 

                                 京都大学 教育学研究科 岡野憲一郎

1. はじめに

 本稿ではICD-111におけるパーソナリティ症 personality disorder(以下、PD)において採用されたディメンショナルモデルにおいて掲げられた5つの顕著なパーソナリティ特性(否定的感情 negative affectivity、離隔 detachment、非社会性 dissociality、脱抑制 disinhibition, 制縛性 anankastism について論じるとともに、精神病性 psychoticismDSM-5)とボーダーラインパターン borderline pattern についても言及する。

すでによく知られている通り、現在の精神医学におけるパーソナリティ障害をめぐる議論の趨勢は、従来のいわゆるカテゴリカルモデルから、ディメンショナルモデルに向かいつつある。カテゴリカルモデルとは、正常とは画然と区別されるべきいくつかの典型的なパーソナリティ障害を同定して列挙するモデルであり、ディメンショナルモデルとは、パーソナリティ障害における特性ごとにその度合いを数量的に捉え、その組み合わせにより示すという方針である。

2013年に発表されたDSM-5では、予想に反してこれまで通りのカテゴリカルモデルが前面に示され、準備されていたディメンションモデル寄りのモデル(より正確には「ハイブリッドモデル」)は、「III. 新しい尺度とモデル」の中に「パーソナリティ障害群の代替モデル」として掲載されるにとどまった。

他方では2018年に原案が示され、2020~21年頃には全世界的に使用が開始される予定のICD-11においては、ディメンショナルモデルが全面的に採用された。このDSMICDの明確に異なる方針は、PDをめぐる現在の識者たちの意見の相違をそのまま表しているともいえる3。ただしこのことはこれまで十分なエビデンスの支えもなく論じられてきたPDの概念が、より現代的な姿に生まれ変わるために必要なプロセスとも考えられよう。さらには最近極めて頻繁に論じられる発達障害とPDとの関係性をめぐる問題も今後絡んでくる可能性もある。

 

2.カテゴリカルモデルとディメンショナルモデル

 

まずカテゴリカルモデルとディメンショナルモデルをめぐる問題について、少し振り返っておこう。カテゴリカルモデルは古くはE. Kretschmer K. Schneider などのドイツ精神医学の伝統にさかのぼり、ICDは第10版まで、DSMは第5版でも踏襲されているモデルである。しかしこのモデルは診断自体に重複が多く、また個々のPDが高い異種性 heterogeneityを備えていること、すなわち様々なPDの混在状態であることが指摘されてきた。それに代わって登場したのがこのディメンショナルである。

(以下略)