2020年10月11日日曜日

治療論 推敲の推敲 4

 

トラウマの現実性という問題については、Howell Izkowitz (2016) が「トラウマ分析は精神分析か Is trauma analysis psychoanalysis ?」という単刀直入なテーマのもとに抑圧や無意識と解離の関連の問題に触れている。両著者はまた、現実の世界にはトラウマが遍在していることに関連して「人間の心が本来的に有する解離的な性質 dissociative nature of human mind」について論じる。それによれば、抑圧においては、受け入れがたい衝動や願望や動転させたり不快であったりする記憶に過剰な影響を受けることなく生きることを可能にしてくれるrepression enables a person to live with less interference from unacceptable impulses and desires as well as from extremely upsetting and unpleasant memories Bromberg, 2006)が、それとの対比で解離は「体験が圧倒的な威力を持ち、情緒的に持ちこたえたり意識的に構成したり出来ない時に生じる」Dissociation occurs when the experience was so overwhelming that it could not be emotionally borne or consciously formulated.とする。彼らはこの解離的な性質を持つ人間の心の在り方を説明するために、「解離的な無意識dissociative unconscious 」という概念を提唱する。これは、抑圧理論に基づく無意識とは異なり、解離による記憶の間隙により特徴づけられるThe dissociative UCS then is characterized by gaps in our CS experience.。さらに注目するべきなのは、彼らのいう解離的な無意識はその間隙における自己状態にとっては生きられた意識的な体験として特徴づけられるということである。Yet the "UCS" experiences in these gaps continue to exist as living experience in that self-state. 

ここで理論的に整理するならば以下のようになる。現実のトラウマは意識によっては抱えることのできない記憶の間隙(解離)による解離的な無意識を生むが、それは別の自己状態においては生きられる体験となっている可能性がある。ここにトラウマの現実性が結局は異なる自己状態の併存という1.で扱ったテーマに帰着することになる。

ここで彼らのいう解離的な無意識の重要な特徴を示すならば、それが抑圧による通常の意味での無意識とは排他的でないということである。抑圧とは欲動や、意識されたが追いやられる先である(Stern, 1997)。解離的な抑圧はそこを基盤として広がるもう一つの無意識の次元ともいえる。

 

このように「転回」が要請するファンタジーや欲動とトラウマの現実性の間の両義性は、抑圧による無意識と解離的な無意識という両種の無意識を共に受け入れることにつながるのである。

 

Bromberg, P (2006) Awakening the dreamer; Clinical journeys. Mahwah,NJ; Analytic Press.

Stern, DB (1997) Unformulated experience; From dissociation to imagination in psychoanalysis. Hillsdale, NJ:Analytic Press.

Howell, EF, Itzkowitz, S. (2016) Everywhereness of Trauma and the Dissociative Structuring of the mind. In Howell, E. F., & Itzkowitz, S. (Eds.). (2016). The Dissociative Mind in Psychoanalysis: Understanding and Working With Trauma. New York, NY: Routledge. Pp,33~43.
Howell, EF, Itzkowitz, S. (2016) Is trauma-analysis psycho-analysis? In Howell, E. F., & Itzkowitz, S. (Eds.). (2016). The Dissociative Mind in Psychoanalysis: Understanding and Working With Trauma. New York, NY: Routledge.pp7~19.