2020年5月16日土曜日

ミラーニューロンの不思議 4

ここでもう一つ生じている可能性があるのは、模倣をする過程で、前運動野に生まれた意思は自分のものであって、他者のものであるという矛盾が常に生じる可能性があるということだ。そしてそのための自他の混同を起こさないような装置があって、そこにもミラーニューロンが関係しているはずである。普段は赤ん坊は自分が声を出そうとしていることが分かるが、母親の声を模倣しているときは、それをまねているという感覚を持っているはずだ。でもそこである種の配線の異常が起きると、他者の振る舞いを自分のものとして取り入れることになる。これも結果的に introjection になるのだろう。そしてそれは解離のプロセスでも起きているはずである。
そこで私たちが能動性の感覚を得るとはどういうことか。私たちは誰かが目の前のコップをつかむという場面を見て、それが他人に起きているのか、自分が行っているのかについてまぎれもない区別を行っているはずだ。自分が目の前にあるコップをつかむという行為は、そうしようとする意図と、それにより実際に生じることとが常に照合される。コップの重さの感覚、手触り、手を動かしたときの筋肉の緊張などは、おそらくことごとく予想され、結果と照合されている。予想と現実がほぼ合致することで、私たちはあることを意図して行ったという体験が完結するのだろう。その意味では、例えばコップをつかんだ時の皮膚の感覚ニューロンには、つかむ前にすでに通電が行われているはずだ。それが現実の感覚入力と照合される。
これは例えば自分自身をくすぐってもくすぐったくないのはなぜか、という話にもつながる。自分の右手が左のわきの下をくすぐる時、触る部分と触られる部分の両方からの同時的な感覚入力が決め手らしい。それにより「自分がやっている」感がつかめるのだ。それがない場合どうなるのか。皆さんは歯医者さんで強い麻酔を打たれて、唇の感覚がない時のことを覚えていらっしゃるだろうか。実に変な感覚である。まさに「モノ」、例えば蝋人形を触っているあの感覚は、触られる方の感覚入力が遮断されたときの特徴であろう。
私たちがミラーニューロンを持つということは、模倣を容易にすると同時に、運動前野のプログラムを実行しないための抑制システムを同時に持つということであろう。ちょうどレム睡眠の場合、全身の骨格筋が抑制されることで、夢の内容を実行せずに済んでいるように。ただし夢で人を蹴っていたら、隣で寝ている人を蹴ってしまったということも起きるから怖い。