第1章 心のデフォルト状態としての揺らぎ
まずは心のデフォルト状態、ということから考えたい。英語の「デフォルトdefault 」、とは不履行の、とか怠慢な、と言う意味を持つが、最近ではコンピューター用語での「初期設定の、手つかずの」といった意味の方が広がり、一般化している。心のデフォルト状態、と言った場合も、特に何も手を付けていない、何もしていない、と言う意味で用いることが多い。
これまでの議論では自然も、生命現象も、そして神経細胞も最初から、何もしなくても揺らいでいる、という話をした。そしてそれは心そのものについても当てはまる、という話から始めたい。そう、心はデフォルト状態から揺らぐ、と言う仕事をしているのだ。
そもそも私たちの脳は、「何もしない」「ないも考えない」という活動は許されない。少なくとも脳は何もしていなくても、莫大なエネルギーを消費して「活動」を行っている。それは現在の脳科学では常識になりつつあるが、その知見も比較的最近になって得られたことだ。
脳科学者ゲオルグ・ノルトフは、以下のように記載している。
脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫る ゲオルク・ノルトフ (著), 高橋 洋 (翻訳) 白揚社、2016年
人間の中枢神経系は、何もしていない時、安静にしていて何も考えていないような時でも自発的な活動をしている。それは脳の中央部に集中した領域で、彼が「正中線領域CMS」と呼ぶものである。そしてそこでの活動は「安静時活動resting-state activity」と呼ばれる。
ノルトフ先生によると、この安静時活動を脳波という形で記録すると、その波形は非線形的であり、非連続的、予測不可能なものとして特徴づけられるというのだ。これらの表現は一見分かりにくいが、簡単に言えばその波形は決して単純な繰り返しではなく、一回ごとに異なり、また次にどのような方向に動いていくかがわからない。つまりはまさに「揺らぎ」の性質を持っているということになる。そしてこのような視点から心のあり方を考えるのが、彼らの提唱する「神経哲学neuro- philosophy」という分野であるという。
ここで安静時活動というものの意味についてもう少し説明しよう。従来は、精神の活動は外界からの刺激に反応することにより確かめられていた。本来主観的な世界での出来事は客観的に記述することが出来ない。だから心の働きを外界からの刺激に対してどのような反応を見せるかという観点から観察するというアプローチが心理学において主流を占めていた。そのことの名残もあり、脳は外からの刺激に反応をする以外は、静かに何もせずに休んでいるものと思われがちだった。しかし決してそのようなことはなく、休んでいるように見えても、活発な活動を行っていることが最近のfMRIなどの研究によりわかってきたのだ。