2020年2月26日水曜日
ポリヴェーガルと感情 推敲 1
本稿では「ポリヴェーガル理論と感情」というテーマについて論じる。
最近のトラウマに関連する欧米の書籍で、「ボリヴェーガル理論 Polyvagal theory」に言及しないものを見ないことはあまりない。それほどにこの理論は、トラウマ関連のみならず、解離関連、愛着関連など、あらゆることに関わり、また強い影響を及ぼしているという印象を受ける。スティーブン・ポージスStephen Porges という米国の生理学者が1990年代から提唱しているこの理論は一体どのようなものであり、どのように感情の問題に関連しているかを論じることは簡単ではない。しかしその輪郭だけでも示すことで、この理論が私たちが感情についての新たな見地を提供してくれる可能性を示すことが出来るのではないかと考える。
この理論の骨子となるのはPorgesが「腹側迷走神経複合体」と呼ぶシステムを基軸とする「社会神経系」に関するものである。これは自律神経系の中で私たちがその存在を認識しないでいた新たな自律神経系として彼が命名し、注意を喚起したものである。自律神経系でありながら、なぜ彼がこれを「社会神経系」と呼ぶかと言えば、他者との交流は身体感覚や感情と不可分と考えられるからだ。つまり誰かの気持ちを汲み、癒しを与える際に自己と他者に同時に重要な働きを行うのが、この腹側迷走神経というわけである。そしてこの自律神経系を、従来から知られている交感神経系や背側迷走神経系との複雑な関わり合いを含めて論じるのが、このポリベーガル理論なのである。
このポリヴェーガル理論の解説に入る前に、近年身体と感情について一つの有力な仮説を与えてくれた、いわゆる「ソマティックマーカー仮説」に触れておきたい。
ソマティック・マーカー仮説
脳生理学者Antonio Damasio は人間の決断の際に、感情や身体感覚が、選択対象野価値を示すマーカー(指標)として働くという説を提唱した。これがソマティック・マーカー仮説である。
人間は高度な知性と豊かな感情を併せ持ちつつ情報処理をおこない、それは脳と身体感覚の ループ(body loop)を形成し、それが再び予測される際にシミュレーションを行う「かのような」ループ("as if" loop)をも想定する。このループは扁桃核、VMPFC 腹内側前頭前野、体性感覚野などと体を結ぶループであり、それらが注意とワーキングメモリの機能を担う背外側前頭前野という部分を介して連合するとされる。