私の考えでは、表現しないという事は誘惑的でもあるという点が重要である。控えめでへつらう態度は実は心理的な作戦でもあるかもしれない。しかしもちろんそれは行き過ぎれば自己破壊的となるのは北山(1998)が警告している通りである。北山は日本人がハッピーエンディングよりは別れのテーマを好むことについて述べ、「この抑うつ傾向は示唆的であるが、病的に自己破壊的で、自分自身も刹那的であると感じさせ易い。(p. 947)」と述べる。
日本文化における死生観
死生学は日本文化の中では「無常」のテーマと無縁ではない。日本語での無常とは、すべては常ならぬもの、という意味で、英語に直すとtransiency となる。つまりフロイトのこのエッセイの題名だ。だから彼のエッセイは「無常」とか「無常ということ」と訳される。(ちなみに私たちの世代だと、小林秀雄の「モオツァルト・無常という事」という本のタイトルが浮かぶ。これも早速参照しなくちゃ。
この無常という概念はインドから由来した仏教に基づく考えということができる。無常は既に自然の常ならぬ性質を現しているのだ。しかし武士道において、死にたいする心構えの問題がはじめて論じられたのである。(ちなみに武士道はヨーロッパの騎士道にいくらか近いものと言えるが、ここでの両者の差については論じない。)
ここで特に問題にしたいのが「葉隠」である。なぜならこれは武士道の一種のバイブルのようなものだからである。特に有名なのが、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という文章である。
ちなみに「葉隠」は江戸時代中期(1716年ごろ)に書かれた書物であり、肥前国佐賀鍋島藩士・山本常朝が武士としての心得を述べ、同藩士の田代陣基(つらもと)が口述筆記したものを全11巻にまとめたとされる。「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」と同様の文章で「朝毎に懈怠なく死して置くべし」とあり、これは常に自分の生死にかかわらず、正しい決断をせよということだという。
もちろんこの「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」は極端である。ファナティックといってもいいだろう。しかしこれはある種の倫理的な指針であり、侍は大儀のためには命をささげてもおかしくないと言う覚悟を表したものであると言う。もちろんこのような見方に対する様々な意見が存在するし、年代層によっても大きく変わるはずだ。しかしおそらく日本文化においては、そこに一種の潔さや美を見出すという立場を想像することができるのである。武士を描いた多くのフィクションやノンフィクションの中に、「恥をそそぐため」や「責任を取るため」に武士が切腹を行うシーンが出てきて、私たちはその意味するところを把握できているからだ。欧米でも広く読まれている「武士道」を書いた新渡戸稲造は、武士道こそが日本人の倫理や行動規範を最もよく表したものだ、と主張している。
もちろん葉隠れが死を受容して自分を犠牲にする真の準備性を示しているとしても、自虐的な陶酔へのかたくなな執着を表しているものとも近いかもしれない。いわゆる三島事件はそれを表していた。