2019年12月26日木曜日

揺らぎ欠乏と発達障害 7


揺らぎのなさと心のなさ

揺らぎのない思考の何が問題となるもう一つの理由がある。それは情動に深くかかわる問題だ。もしパターン遵守にエネルギーを注いだ場合、対人関係においていろいろな問題を生む可能性がある。本章の冒頭で示したように、意味の多義性を無視したり、それに興味を示さなかったりすることで、彼らは他者との情緒的なコミュニケーションを損なうであろう。この説明のために、再びA君とBさんのやり取りを振り返ってみよう。
Bさんの返事「、今度の日曜日は予定があっていけません」は曖昧さを含んでいた。A君にしたら、その詳細を知ることで曖昧さをなくしてより正確な情報をつかみたかっただろう。「日曜日でなかったらいいのか?」「予定がなかったら行けるのか?」「その予定が中止になったら知らせてくれるのか?」「単なる言い訳に使っているのか?」「あなたが好きではありません、という代わりに、言い訳として言っているのか?」・・・・
しかしBさんの意図は明確な部分と共に曖昧さを残すことそのものにあったと言っていいだろう。明確な部分はA君の申し出を断ったことである。少なくとも次の日曜日に彼女がA君と映画に行く可能性は却下した。しかしその動機については曖昧さを残していた。そしてB君もその曖昧さを含んだメッセージを受け取って欲しかったのである。
一つの仮定として、Bさんの本心は「A君ことはとても好きになれず、一緒に映画に行くなんて、ありえない!」であったとしよう。しかしさすがにそれを直接表現するわけにはいかない。BさんはA君の気分を害したり、恨まれたりすることなく、自分を誘うことを諦めて欲しいのである。つまりそれがBさんがA君のことを嫌いであるから、ということを表立っては伝えたくないのだ。なぜならこれからもゼミでは二人は顔を合わせなくてはならず、気まずい関係にはなりたくないからである。その際Bさんが望んでいることはおそらく次のような事であろう。A君はBさんが自分の誘いには応じないであろうということは了解するが、それはBさんのA君に対する嫌悪感や悪意以外の、何か別の理由なのだ。
おそらくBさんの中には、A君が最終的にどのような説明を行って、この事態と折り合いを付けるかを想像することまでは出来ないだろう。彼女はA君がどのように解釈をしようと、彼から恨まれたり逆ギレされたりすることなく自分と距離を置いてもらえればいいからだ。しかしここでA君がBさんを誘うことを諦めた場合に起きるであろう心の動きをいくつか想像することは出来る。
「きっとBさんは男性そのものに興味がないのだろう。」
Bさんは自分の魅力を理解できないかわいそうな人なのだ。」
「もともと自分は本気でBさんを誘おうと思うほど彼女に惹かれてはいないのだ。」あるいは
「まったくBさんの態度は不可解だが、これ以上誘うのはエネルギーの無駄だ」。
「おそらくBさんは僕のことを好きなのであろうが、同時に僕のことを畏れ多く感じて近づけないのだ。」(この最後の方は書いていて情けなくなるが、それはともかく・・・・)。
もちろんB君の心に生じる考えとしては、他に様々なものがありうるが、いずれにせよこれらの思考を同時に持つことには実はとても大事な意味がある。それは彼が一番恐れる可能性、つまり「Bさんは僕には男性として関心を持っていないのだ。僕には男性としての魅力がないのだ」という考えに直面することを回避させているからだ。もちろんこの恐ろしい可能性はチラチラと見え隠れするが、ちょうど太陽を直視する時のようにあまりにも心のダメージが大きいので、心の目をそらす為にいろいろな言い訳を用意するのである。
さてここでAさんがB君の心に起きて欲しいという思考は、あまり現実的ではない場合がある。B君以外の普通の男性なら、同じような状況で、すでに最初の段階からこのような思考を生み出すことでAさんから撤退するであろう。せいぜいもう一度ダメもとで、恐る恐る誘ってみて、それに対する返事を読んでBさんの自分に対する関心のなさを確信するくらいであろう。ところが私の挙げた例では、B君は曖昧さを軽減するために質問や誘い掛けを繰り返すことになる。その一つの理由はこれらのいくつかの異なる思考を同時に心においておくことが苦手である可能性だ。曖昧さの排除とパターン遵守が信条の人にとってはそれが言えるかもしれない。