2019年12月21日土曜日

揺らぎ欠乏と発達障害 2


どのような例でもいいが、一つの事例として出そう。
ある発達障害の若い男子大学生A君が、ゼミで見かけた女子学生Bさんに興味を持った。A君はさっそくBさんを「次の日曜日に映画を見に行きませんか?」とメールで誘ってみた。BさんはあまりA君に興味を持てなかったため、「ごめんなさい、今度の日曜日は予定があっていけません」と返事をした。するとA君からさっそく「ではその次の日曜日はどうですか?」とメールが来た。Bさんは少し圧倒された気持ちになり、またその日も都合がつかない、という同じ言い訳も通用しない気がして、もう少しA君とのデートには興味がないことを伝えるために、「ごめんなさい、私は休みの日は外出せずに家にいる方がいいのです。」と返事をした。すると今度はA君は「それなら最初から言ってくれればいいのに。どこか室内で過ごせる場所はどうでしょう?」と誘ってきたという。
この時点でBさんはさすがに心配になり、同じゼミの友達に相談したが、A君は何となく遠ざけられていることが分かり、ゼミでしばしば出会うA君と今後どのような関係を持ったらいいかが分からなくなったという。
このエピソードは半分は実話だが、同様のケースはたくさんあるだろう。A君はアスペルガー傾向を持ち、Bさんの返事を字義通りに受け取り、その行間に込められた気持ちを読もうとしない(あるいは読むことができない)。ここに揺らぎの欠如の問題がどのように関係しているだろうか?
一つ重要なことは、通常は私たちは言葉を様々な用途で用い、それは一つのことを伝達すると同時に、別のことも伝えるということだ。そしてそれは実はきわめて込み入ったプロセスでもある。Bさんの「今度の日曜日は予定がある」は、それ自身はほかのいくつかメッセージを可能性として含みうる。それらは「実際に次の日曜日には別の予定が入っているから映画には行けない」をはじめとして、「あなたとのデートはお断りです。」かもしれない。「別の日曜日なら都合がつく」かも知れない。「今度の月曜日(火曜日、水曜日・・・・)なら予定はないわよ」かも知れない。「それでもあきらめずに誘うつもり?」でもありうるし、「ごめんなさい、貴方のことがまだわからないので、いったんはお断りわせてください。本当は少し興味があるの。もう一度誘われれば考えるわ。」もありうる。「本当は行きたいけれど、貴方にこれ以上惹かれてしまうのが怖いの」かも知れない。「親に男性からの誘いは断れ、と言われているの。ごめんなさい。」でもありうる。
これらの可能性はいずれもあり得ない話ではないし、それこそデートの誘いを断られたほうは好意的な解釈をしたがるだろう。あるストーカー体質の人は繰り返し断られたデートの誘いに対して怒りを爆発させたという。「どうして君は僕への気持ちに正直になれないんだ!」
このように考えると私たちは結局は言葉が持つ意味の揺らぎの中で生きていることが分かるだろう。「今度の日曜は予定がある」は字義通りではない意味を持ちうる。と言ってもすでに状況はかなり厳しいが。それでも「別の日曜日なら都合がつく」である可能性もゼロではない。「ごめんなさい、貴方のことがまだわからないので、いったんはお断りわせてください。本当は少し興味があるの・・・・・。」という可能性も少しは残っているかもしれない。