2019年12月19日木曜日

揺らぎと失敗学 推敲 6


失敗を生み出す記憶の揺らぎ

失敗に結び付く心の揺らぎに関しては、私達が日常的に体験しているのが、記憶の揺らぎである。これが失敗の大きな部分を担っているのだ。ちなみに私は以前から、自分自身の記憶の揺らぎには苦労をしてきた。最も難しいのは人の名前だ。誰かの名前を思い出そうとして、ある程度頑張っても出てこないと、これ以上いくら努力をしても最後まで思い出せないという実感が湧くことがある。つまり思い出そうとする努力がかえってその対象を追いやっているという感覚だ。ちょうど漢字の書き順が分からなくなると、考えれば考えるほど正解から遠ざかるのと似ている。そうなるとその人の名前がどこかに書かれたものを探し出すしか手段はなくなる。これが私の場合ごく身近にあっている人についても起きることがあるのだ。そしてこれは抽象名詞の場合と大きく異なる。抽象名詞なら、思い出そうとしたらそのうち出てくるだろうという予感がすることが多いし、大抵はそうなる。英単語なども結構こうやって出てくる。ちなみにこれは私が思春期以降持つ傾向なので、加齢の影響とはあまり関係がなさそうに感じる。
興味深いのは、ある時に思い出せていた人の名前が、ほんの数分後には急に思い出せないという事がおきるということである。あるいは逆のことも起きる。テレビに出てきたある男優の名前が思い出せない。しばらく頑張るが無駄だと思い諦めてしまう。ところが12時間してふと名前が出てくる。その時はあまり努力をせず、別のことを考えている最中だったりする。このように明らかに想起には揺らぎが存在するようだ。と言ってももちろんしっかり記憶しているものではなく、うろ覚えのものに対してこれは当てはまることが多い。
このような現象を考えるに、そもそも記憶の揺らぎを生み出すのは、シナプス結合の持つ揺らぎの性質であるということが推察される。記憶に直接関係するシナプス結合は、通常はとても流動的で揺らぎにみちているのだろう。
神経細胞の大雑把な構造は皆さんご存知だろう。樹状突起の膨大な数のシナプス結合から情報を受けた神経細胞は、それを様々な電気信号に変えて軸索を通して別の神経細胞へと送る。と簡単に言うが、実はこれがとても複雑らしい。これまで考えられてきた常識が次々に打ち砕かれて、神経細胞一個の振る舞いそのものが実に複雑であることがわかっているという。たとえばこれまでは樹状突起のいくつかのシナプスの、プラス、ないしはマイナスの信号が合算されて、その神経細胞が発火するかしないか(「全か無か」)という形で次の神経細胞に情報を伝達すると考えられた。そして各神経細胞で何を伝達物質にするか、つまりシナプス結合ではどの物質を用いるような神経細胞かというのは、細胞ごとに決まっていると考えられていた。たとえばドーパミン系の神経細胞、ノルアドレナリン系の神経細胞、セロトニン系の神経細胞はそれぞれ独立して存在しているとも考えられていた。ところがひとつの神経細胞にこれらのうち異なるいくつかの伝達物質を用いるシナプスが混在することがわかったという。また樹状突起に存在するシナプスは、いくつか、どころか何千、ひょっとすると何万も存在するという。そしてその神経細胞が発生させる信号は、「時々発火する」、なんてもんじゃない。波になって絶えず送られていく。そしてその周波数も、振幅も様々に変化しうるし、その波自体がただの正弦波ではなく、正弦波の上により小さな波が乗っかって複雑な情報を形成する、という一種のフーリエ級数的な信号なのだ。
するとあることを記憶するときに成立するシナプス結合、というのは「切れた、あるいはつながった」という単純なものではとても表現できない複雑な性質のものということになる。それはおそらくいくつものシナプス結合の集合であり、記憶Aが定着するためにはその集合の数が大きくなり、またそのつながり具合もしっかりした状態と言えるが、うろ覚えの状態ではその記憶に関するシナプスの数は揺れ動き、あまり思い出さなければ少なくなっていき、また別の事象 を記憶する方に動員されてしまったり、またそのシナプス結合は似たような事象A‘が想起された場合にはそれに引きずられて想起されやすくなったり、かえってそれと混同する運命になったり、またさらに別の事象 が想起されることで逆に想起されにくくなったりするのだ。