2019年11月23日土曜日

書評 1 の 1


対人関係精神分析の心理臨床  川畑直人() 京都精神分析研究所

 
本書は編者である川畑直人氏の還暦記念の書である。川畑氏はサリバンを代表とする対人関係学派の理論と実践を本場アメリカのウイリアム・アランソン・ホワイト研究所で学び、すでに日本で対人関係理論研究の大御所でおられるとともに我が国に京都精神分析研究所(KIPP)を立ち上げ、我が国における同学派の発展に大きな貢献をした精神分析界の第一人者のひとりである。
我が国における精神分析のおかれた状況をすこし語るならば、現在の精神分析学界においては米国学派の占める位置は近年狭まりつつあつたという事情がある。特に60~70年代に多くの留学生を輩出したカンザス州のメニンガ一・クリニックへの留学が途絶えて以来、米国で日本からの留学生を引き受ける機関は非常に限られたものとなっていた。その中でウィリアム・アランソン・ホワイト研究所は日本人が精神療法を学ぶための米国の数少ない研修場所である。そして折しも2016年に同研究所がアメリカ精神分析学会の会員として正式に認められたことで、いわゆるサリバン派の存在はますますその存在意義を深めているという事情がある。
我が国で精神分析についてのトレーニングを行う際に日本精神分析協会がどちらかといえばフロイト以来の伝統的な精神分析理論に軸足を置いた機関といえる。それに対して川畑氏の率いるKIPPは、同研究所の留学経験者を中心とした分析家たちにより構成され、対人関係理論から派生した関係精神分析の流れを推し進めるもう一つの研修機関としての意味を持つのである。
本書はその川畑氏の薫陶を受けた分析家の先生方により編まれた対人関係学派を俯瞰するうえでのまたとない書といえる。
本書の中身を少しご紹介しよう。第1章の「対人関係精神分析の歴史的意義と臨床的接近について」は鑪幹八郎氏の手による、対人関係学派の流れを一望のもとに見渡すことを可能にするような著述である。また第2章「関係精神分析の歴史的意義とその臨床」は、我が国にスティーブン・ミッチェルの著作を紹介導入した横井公一氏による、対人関係学派から関係精神分析をつなぐ優れた解説である。第4章の「関与観察」は野原一徳氏による、サリバンのいわゆる「参与しながらの観察」のより詳細な解説である。また第5章の馬場天信氏による「『詳細な質問』の持つ治療的意義」は、ともすれば受身的に患者の自由連想を聞く治療者とは異なった、より積極的に患者の心に含みこんでいく質問の持つ治療的意義(サリバンの論じたdetailed inquiry)に関しての解説であるが、その効用を開設した上で、馬場氏は受け身的に自由連想に耳を傾ける姿勢も、積極的に質問を行う姿勢も両方重要であるという立場を示している。