実は私はこのべき乗則が実感的につかめずに、私はここ10年くらい悩まされているのだ。ご存知の方はお分かりだと思うが、これはフラクタルの問題とほとんど同等と言っていい。有名なマンデルブローの幾何学図式を思い浮かべよう。何処まで拡大していっても自己相似形が続いていく。つまりその図式のサイズを小さくしていけば、そこに含まれる相似形の数は無限大に向かっていく。ネットで公開されているようなマンデルブロー図式(たとえばMandelbrot set - online generator などのサイトで自分で作ることができる)をいくら拡大して行っても、無限に同じ図式を見ることになる。いわゆる入れ子構造とはこのことだ。そこであらゆる地震を集めた集合を考える。巨大な地震が一回起きた後、数えきれないほどの中型、小型の地震が起きているはずだから、それを大きな地震の中に書き込んでいこう。するとどんどん拡大して行っても、そこにはたくさんの小型の地震が詰め込まれているのを見出すだろう。つまりマンデルブローの図式と同じなのだ。
有名なマンデルブローの図式 |
そこでマンデルブローの図と同じようにとことん入れ子状になっている地震群を考えるならば、その場合グーテンベルグ・リヒター則は完璧に成り立つわけだ。でも自然現象はマンデルブローの図形とは違う。純粋なフラクタル性を発揮するのはその一部の区間だ。巨大なマンデルブローの図式を印刷して遠くから近づいて拡大すると、ある程度以降は印刷されたピクセルが並んでいるだけになってしまうのと同じだ。そしてそれは地震についても同様だ。地球の地震の規模はある範囲においてフラクタル的な分布をする。しかし地球の大きさを超える規模の地震などありえないだろう。だから一定範囲の話で、である。それを承知で一定区間でもフラクタル性を帯び、リヒター則が成り立つような自然現象は自然界にあふれているのだ。
私の愛読書の一冊に、「歴史は『べき乗則』でうごく」というのがあるが、英語の原題は“Ubiquitous” (遍在)である。つまりどこにも見られるというわけだ。自然のどこにもかしこにも見える冪法則。世界に偏在していて、それがようやくここ数十年で理解されるようになって来たのはどうしてだろう?
ここからしばらくは私の思考実験が延々と続くことをお許しいただきたい。
たとえばこんな感じだ。天体の大きさにはおそらく冪乗則が成り立つ。そこでこの世に存在する天体を一列に並べて1,2,3・・・と番号を振ってみる。あなたはその天体の一つ一つのサイズを測り、その平均値を取ろうとする。そこでそして順番に一つ一つ登場してもらう。最初はどのような計測装置が必要かわからなかったが、登場する天体がみな余りに小さく、目に見えないくらいなので、顕微鏡が必要になることがわかるだろう。なぜなら天体の大多数は、目に見えないほどの宇宙のちりだ。いわゆる「宇宙塵」と呼ばれるものの大きさは、0.01マイクロメートルから10マイクロメートル程度であるとされる。すると土星のリングなどに含まれる塵などが数としては圧倒的に多く、それらの行列が延々と続くことになる。
ところが単調な計測の仕事を延々と続けていると、時々ちょっと大き目の、ひょっとしたら砂や小石程度のものが登場するだろう。そしてそれよりももっと希に、米粒大の天体が現れて、あなたをびっくりさせる。顕微鏡に乗せなくても、定規ではかれる大きさだ。そしてその作業を延々と、気の遠くなるほどの時間をかけて続けると、何年かに一度、それこそとんでもない大物が紛れ込む。数センチ、あるいは数十メートルという宇宙の塵(というよりは宇宙岩?)と言うべきものもごくごくまれに登場する。そしてもっともっとごくまれに、とんでもない大物が出てくる。木星の衛星くらいになると、79個あるものの大きさは数キロ程度だという。しかしもっともっと希に、たとえばあなたが気がつけば 5000万年も計測作業を続けていて始めて、なんと月が登場する。そういえば月も宇宙の天体のひとつだ。ということは、地球も太陽も・・・・。しかし次の日からは毎日塵レベルの測定に没頭されて、気がついたら数光年が過ぎる。そしてようやくある塵の次に地球サイズの天体が現れる・・・・。
ここまで書いて気晴らしにネット検索をしたら、日本のある天文学者がとんでもない巨大天体(「ヒミコ」)を発見したとある。ウィキ様に登場してもらう。
「ヒミコはハワイのすばる望遠鏡で大内正己によって発見された。発見された場所はすばるXMMニュートンディープサーベイフィールドであり、この範囲で他の207個の銀河候補とともに見つけられた。・・・データに基づけば、この天体は『早期宇宙で次の大規模な物体に比べ10倍以上の大きさで、太陽質量の400億倍の質量』を持ち、『大きさは5万5千光年でわれわれの銀河の半分くらいの直径』を持つとされている。なお、距離については巨大ブラックホールや銀河衝突の影響によって赤方偏移の数値が変わる可能性がある。ヒミコの発見によって、宇宙の初期に現代の平均的な銀河と同じ程度の大きさの巨大天体が存在したことになった。・・・・・」(ウィキペディア、「ヒミコ」)
「太陽の400億倍の質量」とサラッと言うけれどどうなのよ、と言いたい。そしてこの想像上の天体の列を考えると、冪乗則のニュアンスがつかめるのではないか?大きくなるにしたがって出現頻度はそれだけ少なくなる。大きさと頻度の両方の対数をグラフに描くと直線が得られる、とは実はそういうことだ。そして私たちの生活にこのような例はいくらでもある。話はいきなり飛ぶが、私たちが有する所得について考えよう。人が持つ所得の行列を考える。するとおそらくほとんど一文無しの人の列が延々と続いて、たまに小金もちが並んでいる。かと思うとごくごくまれにそこそこのお金持ちがいる。そしてその額によってそのお金持ちのレア度が増していく。ごくごくまれに億万長者が混じっている。
あるいはCDを売れ行き順に並べる。すると自費で出した売れないCDの列が延々と続き、時々ヒットが混じっている。そしてヒットの大きさと同時にレア度が増していく。それらを暇な人が売り上げ順に並べると、以下のような表ができる。これがいわゆるロングテール(長い尾)の図式で、左端に行くほど天体の大きさ、所得の大きさ、CDの売れ行きは小さくなり、該当する天体、人、CDの数は莫大になる。他方右端はおそらくとんでもなく永遠に続いていく。