脳細胞は揺らいでいる (揺らぎストの脳科学者 池谷裕二先生の頭を拝借する)
池谷先生はかつて弱冠34歳でかの有名な「サイエンス」に論文の掲載を果たした最前線の脳科学者である。歳は私よりはるかに若いが、尊敬をして止まない先生だ。特に海馬に関する研究は高く評価され、私の海馬に関する知識のかなりの部分は先生の本からの受け売りと言ったところがある。しかし何と言っても本書で彼について論じたいのは、彼はまさに「揺らぎスト」の脳科学者だからだ。そしてそれはジャーナリスト木村俊介氏との対談の形を取った「ゆらぐ脳」(文芸春秋、2008年)という著書のタイトルに最も明白に表されている。池谷先生のゆらぎぶりは半端なく、私はひそかに彼のことを宇宙人ではないかとさえ思っている。
池谷氏(先生を一回ごとにつけるわけにもいかないので、以下はこの様に呼ばせていただこう)は、何しろサイエンスの再現性ではとらえられない「揺らぎ」こそ脳の活動の本質があるのではないかと考えるという。これはいったいどういう事か。以下はかなり池谷氏の言葉を借りた私の説明である。
まず脳の神経細胞は、何もしていないように見える時でも、自発活動を行っている。それにエネルギーの7,8割を使っているという。たとえるならば神経細胞は一つ一つがエンジンのようなものだとすると、それらは常にアイドリングの状態で動き続けているのだ。ギアが入ると、活動的に発火し、他の神経細胞との信号のやり取りをするが、そうしない時でもエンジンは「かかって」いる。だから神経細胞に極小の電極を刺したならば、常にそこから電気信号が拾えることになる。ただし大きな信号ではなく、まるでノイズのように低く、小さく活動をしている。そう、これは○○章で示したように、最初は単なる「雑音」として扱われていたのだ。しかし研究が進むにつれて、それは全くのデタラメではなく、一定のパターンを持っているかのようだ。つまりこれも「揺らぎ」である。これが「揺らぎ」なのは、脳神経細胞は、こうすることで死と爆発の間をさまよっているというわけだ。死、とは脳波がフラットになり、神経細胞からは何も動きが見られない状態であり、爆発とはそれが大音量で、周りの細胞を巻き込んでその活動をマックスにした状態で、癲癇大発作という形で見られる。そのどちらにも偏ることなく神経細胞はその両極端のあいだをフラフラゆらぎつつ、本来の活動である「時々発火する」をする準備状態を常に整えているという事だ。
ところでこのアイドリング状態の脳の活動は、一時はいわゆる「デフォルトモード」(○○章で解説した)と関連付けられていたという。つまり何か特定のことを考えていない時、ボーっと物思いにふけっている時の脳の状態に特徴的だと思われていのだ。しかし麻酔をかけて意識を無くしたチンパンジーの脳にも同じ揺らぎが見られるという事が分かり(池谷 p.199)これは内省という高次の脳の活動というよりももっと基本的な神経細胞の本質に根差しているものではないかという事が分かったという。