2019年7月17日水曜日

デフォルトモードネットワークと揺らぎ 1

デフォルトモード・ネットワークがつかめない人のために
 
 揺らぎとの関連でどうしても論じなくてはならないのが、いわゆるデフォルトモード・ネットワークの話だ。脳がいわばアイドリング状態、つまりボーっとしている時にも、実はしっかり活動していることが知られているが、その時に活発な活動を示すのが、脳の広範囲にわたる神経ネットワークであり、それがデフォルトモード・ネットワークと呼ばれるのだ。しかし脳トレや瞑想との関連で様々にこのデフォルトモード・ネットワークが論じられる割には、その正体がつかめない。私も脳科学者ではないので非専門家と言わざるを得ないが、おそらく脳の基本的なあり方を論じる際にどうしても深い意味を持っているとしか考えられないだけで、その正体はまだなぞが多い。
デフォルトモードネットワークdefault mode network はデフォルト状態で活動をしているネットワーク、という意味である(以下は省略してDMNと略記しよう)。話は脳波を発見したハンス・ベルガーに遡る。彼は人間の頭皮に電極を付けると、きわめて微小な電気活動が検出できることを発見した。そして1929年の論文で、「脳波を見る限りは、脳は何も活動を行っていない時にも忙しく活動しているのではないか」という示唆を行った。何しろ脳波を見る限り細かいギザギザが常に記録されているからだ。もしこれがフラットになってしまったら、それは脳が死んだことを意味するくらいである。しかし世の医学者たちは、たとえば癲癇の際に華々しい波形を示すことに注目したり、睡眠により顕著に変わっていく脳波の変化に注目する一方では、それ以外の時にも絶えずみられる細かい波のことは注意に止めなかった。ここで皆さんは雑音ないしはノイズについての議論を思い出すだろう。ノイズはそれが揺らぎとして抽出されるまでは、ごみ扱いされるという運命にあり、それは脳波でも同じだったのだ。
脳の雑音という以上の注意を向けられなかったDMNが注目を浴びるようになったのは、もちろんCTMRIといった脳の活動を可視化する技術が用いられるようになったことと深いつながりがある。
そして実は何ら活動せずにぼんやりしている状態の脳で、かなり活発な活動が行われているという事が分かってきた。ここに示したのはDMNの際に活動している脳の部位を赤く示したものだが、これらは前頭葉内側部と後部帯状回と呼ばれる部位だ。これらの部位は脳が何もせずにアイドリング状態にある時に光るのであるが、何か注意を集中させている時には、これらとは別の部位が光るという事が分かり、脳の活動には大雑把にいって3つのパターンがあるのではないか、という事が分かってきた。それらはDMN以外にも、課題遂行ネットワーク(TPN)、そしてDMNTPNの間をつなぐスイッチのような主要ネットワーク(SN)がありそうだ、という事が分かり、一気にこの議論は熱を帯びてくるようになった。
ところでネットなどでDMNについて調べていくと、人は奇妙な体験をすることになる。それはDMNが脳にとって果たしていい働きをしているか、悪い働きをしているかという事がよくわからなくなってくるという事である。DMNは何も役に立っていないようでいて、脳の使うエネルギーの75%を使っているという事が言われ、脳がスムーズに活動を行う上で常に準備状態にしておくという重要な役割を果たすことを初期の発見者であるワシントン大学のマーカス・レイクルMarcus E.Raichle 博士が論じている。(Marcus E.Raichle, ME (2010) The Brains Dark Energy. SCIENTIFIC AMERICAN. (養老孟司, 加藤雅子, 笠井清登訳「脳を観る認知神経科学が明かす心の謎」の中で(日経サイエンス社、1997
 DMNの特徴である、ぼんやりさせて心を浮遊させる、というと、まるで瞑想のように思えるが、実は瞑想はこのDMNとは逆の活動なのだ、という記述にも出あう。最近流行しているいわゆるマインドフル瞑想などは、むしろ心を浮遊させないような試みといえる。つまり心をDMNに向かわせないことが心身の健康に役に立つ、という風に書いてある。しかし他方では、このDMNは人間が何か創造的な活動を行う上で決定的な役割を果たしているとの記載もされている。これはいったいどういう事だろうか?